テレビ・ラジオで放送された番組・CM4万本以上を視聴できるほか、展示やイベントを通じて放送の今と昔を学べます。 入館無料

tv
テレビ番組

FBCスペシャル2013 いっぱい走りたい 2000万人に1人の願い

番組ID
208436
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2013年04月26日(金)16:00~16:55
時間(分)
47
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー
放送局
福井放送(FBC)
製作者
福井放送(FBC)
制作社
福井放送(FBC)
出演者
ナレーター:東海佳奈子
スタッフ
撮影:冨田泰史、編集:冨田泰史、美術:寺前伸治、ミキサー:浜口崇、音響効果:渡辺真衣、ディレクター:東海佳奈子、プロデューサー:藤井明博
概要
日本国内に患者はわずか数人の“高IgD症候群”という希少難病を患う菴連也くん(当時12歳)。全身の痛みや炎症がひどく、幼いころから入退院を繰り返してきた。そんな連也くんの願いは「いっぱい走りたい!」。得意の絵の中には、どんなときも連也くんを励ましてくれる楽しいキャラクターたちが描かれる。国の難病指定がない中、家族で支えあいながら前向きに生きる菴一家の奮闘ドキュメンタリー。

同じ年代の公開番組

ともに生きて

石川県穴水町に住む山谷靖昌さんは、自宅で認知症の妻の介護を続けて13年になる。妻・たえ子さんは51歳の時、アルツハイマーの認知症を患い、3年ほど前からは一日中つきっきりの世話が必要となっている。1時間ごとにたんの吸引が欠かせず、夜間も面倒を見続けなければならない。それでも「生まれ育った故郷で過ごさせてやりたい」と、施設へ入所する道を選ばずに、在宅介護サービスを使って世話をしてきた。◆認識能力を奪われた妻に対して、山谷さんが一貫して続けていることがある。それは、たえ子さんをトイレに座らせること。たえ子さんのような寝たきりの場合、手間を省くなどの理由からオムツを履かせるのが一般的だ。山谷さんは、このトイレ介助がもとで腰痛を患ったが、決してやめようとしない。「たとえ妻が何も分からなくなっても、今まで通りの生活をさせてあげたい」と話す。長年の介護体験で、支えているはずの妻から逆に自分が支えられていると感じ、「人間にとって一番辛いのは、見捨てられることだ」と悟ったからだ。◆番組では、山谷さんの講演を聞いて知り合いになった輪島市の男性介護者や認知症の潜在患者の掘り起しに取組む医師も取材し、3人の姿から私たちがどう認知症と向き合っていけばいいのかを考えていく。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組
「緑の牢獄」その記憶と記録 日本最南端の炭坑から

日本最南端の炭鉱があった沖縄・西表島。明治19年より本格的な採炭がはじまった。福岡県出身の村田満が西表炭鉱にやってきたのは昭和11年。満州事変が勃発し、石炭需要が急増した時代だった。当時1400人もの炭坑夫が全国から集まり、年間十数万トンの石炭を産出していた。村田が故郷に戻ったのは昭和45年、実に34年ぶりのことだった。一体何があったのか。◆村田は知人から「今よりいい条件の仕事だから」と聞き、西表島にやってきた。しかしそこはまるで刑務所のように鉄格子が張られた監獄のような場所だった。過酷な労働とリンチ…。マラリアが流行し、薬もなく、3日もすると亡くなる者が多数いた。◆固く口を閉ざしていた西表炭鉱の関係者・38人の証言を、元新聞記者・三木健氏が聞き書きし、本にまとめ出版して世間に問いかけた。なぜ、このような炭坑労働が強いられたのか…。◆沖縄本島からも遠く離れた西表島。過酷な労働から逃げても、外は亜熱帯のジャングル。それが「緑の牢獄」ともいわれる西表炭鉱の現実だったのである。日本の近代化の歴史と、それを支えたエネルギー政策の原点ともいえる炭鉱。その狭間から聞こえた名もない炭坑夫の声。故郷への帰還が叶わない人々の記憶の形。刻まれた重い記憶は、記録として私たちに問いかける。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組

Copyright Broadcast Programming Center of Japan.