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テレビ番組

ともに生きて

番組ID
208426
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放送日時
2013年05月25日(土)15:30~16:25
時間(分)
48
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー
放送局
石川テレビ放送(ITC)
製作者
石川テレビ放送(ITC)
制作社
石川テレビ放送(ITC)
出演者
ナレーター:渡邊正博
スタッフ
編集:伊登寛芳、編集:斉藤淳一、音響効果:大川育三、タイトル:高倉園美、構成:川上伸一、ディレクター:今村亮、プロデューサー:今井一秀
概要
石川県穴水町に住む山谷靖昌さんは、自宅で認知症の妻の介護を続けて13年になる。妻・たえ子さんは51歳の時、アルツハイマーの認知症を患い、3年ほど前からは一日中つきっきりの世話が必要となっている。1時間ごとにたんの吸引が欠かせず、夜間も面倒を見続けなければならない。それでも「生まれ育った故郷で過ごさせてやりたい」と、施設へ入所する道を選ばずに、在宅介護サービスを使って世話をしてきた。◆認識能力を奪われた妻に対して、山谷さんが一貫して続けていることがある。それは、たえ子さんをトイレに座らせること。たえ子さんのような寝たきりの場合、手間を省くなどの理由からオムツを履かせるのが一般的だ。山谷さんは、このトイレ介助がもとで腰痛を患ったが、決してやめようとしない。「たとえ妻が何も分からなくなっても、今まで通りの生活をさせてあげたい」と話す。長年の介護体験で、支えているはずの妻から逆に自分が支えられていると感じ、「人間にとって一番辛いのは、見捨てられることだ」と悟ったからだ。◆番組では、山谷さんの講演を聞いて知り合いになった輪島市の男性介護者や認知症の潜在患者の掘り起しに取組む医師も取材し、3人の姿から私たちがどう認知症と向き合っていけばいいのかを考えていく。

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