テレビ・ラジオで放送された番組・CM4万本以上を視聴できるほか、展示やイベントを通じて放送の今と昔を学べます。 入館無料

tv
テレビ番組

明日っていいな。 ~40文字の物語~

番組ID
207446
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2012年05月30日(水)09:55~10:50
時間(分)
48
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー
放送局
福井放送(FBC)
製作者
福井放送(FBC)
制作社
福井放送(FBC)
出演者
小室等、こむろゆい、ナレーション:川島秀成
スタッフ
撮影:西田元樹、撮影:八木義純、音声:細田真一、美術:寺前伸治、ディレクター:岩本千尋、ディレクター:高原みゆき、プロデューサー:井上寿美枝、制作:黒原繁夫
概要
福井県坂井市丸岡町が主催する日本一短い手紙のコンクール「一筆啓上賞」。2011年のテーマは「明日(あす)」だった。全国から寄せられた手紙は3万5千通あまり。手紙のあて先は家族へ、友達へ、子どもへ、そして自分へ。思わず笑ってしまう一通、ちょっと泣ける一通…。制限字数40文字でつづられた短い手紙だが、どの一通にも大切な人への励ましやいたわりの気持ちがあふれている。東日本大震災が発生した2011年、東北地方から胸を打つ手紙が多く届いた。◆番組では、寄せられた手紙の数々を紹介しながら、手紙の送り主を訪ねる。40文字の中にある物語をひも解き、明日に繋がる希望と勇気を描く。出演はシンガーソングライター・小室等と娘の歌手・こむろゆい。

同じ年代の公開番組

連続テレビ小説 カーネーション 総集編 後編 あなたの愛は生きています

NHK連続テレビ小説第85作「カーネーション」(2011年10月3日~2012年3月31日放送)の総集編。日本のファッションデザイナーの草分けとして活躍する小篠綾子さんをモデルに、女手ひとつで三人の娘を世界的ファッションデザイナーに育て上げた、パワフルで笑いに満ちた女性の人生を描く。作:渡辺あや。(全2回)◆後編「あなたの愛は生きています」。戦後の貧しさに負けることなく、糸子(尾野真千子)は岸和田の洋装店で仕事に、そして人々をオシャレにすることに全力をそそぐ。その中で周防(綾野剛)と出会い初めての恋を知る糸子だったが、家族のいる周防との恋は多くの人に迷惑を掛けることになってしまう。恋を終わらせ、前に進むことを決意した糸子は娘たちと共に切磋琢磨しながら洋服のデザインを追求する。やがて三人の娘、優子(新山千春)・直子(川崎亜沙美)・聡子(安田美沙子)は次々にデザイナーとして世界に羽ばたいていく。晩年になっても糸子(夏木マリ)は自分のブランドを作り、病院でファッションショーを行うなど勢いを衰えさせることなく、全力で突き進む。◆解説副音声あり


recent_actorsドラマtvテレビ番組
どーんと鹿児島 尾木場 ~操さん85歳 棚田と生きる~

春、一面緑の田んぼで「トラクターの上は最高ですよ」と話す野上操さん85歳。薩摩半島の真ん中、日置市東市来町・尾木場の棚田の田守人だ。標高325mの山の斜面に広がる、4ha60枚の尾木場の棚田。その中でもひときわ目を引くのが、操さんの全長200mもある田んぼ。田打ち、代掻き、田植えに稲刈り、そして秋には200mの長い掛け干しが出来上がる。その曲線は人の手と山の風景がつくる芸術品のようだ。◆尾木場の棚田は、明治時代に野上休右衛門という農夫の手によって開墾が始まった。休右衛門は操さんの祖父・喜次郎の兄にあたる人物。山の湧き水とため池の雨水を頼りに、明治・大正・昭和と時代を経て石を積み上げた棚田は「休右衛門新田」と呼ばれるようになった。山の上の小さな集落の暮らしを支えてきた棚田。先祖が開墾したこの棚田の四季の営みを、操さんは60年以上大切に守り、暮らしている。◆しかし今では、集落の人口は30人、平均年齢は70歳を越えている。ひとり息子に先立たれ跡継ぎの居ない操さんも、山のふもとの病院に入院する妻タミさんの看病をしながらの農作業を続けてきた。戦後まもなく結婚し、山の上で操さんと働き続けてきたタミさん。そんな妻のため、操さんは早朝から棚田の作業、そして午後からは病院へ通う生活を休むことなく続けてきた。そして一昨年の5月、タミさんは帰らぬ人となり…。尾木場の自然に抱かれるように暮らす田守人、野上操さんの日々を見つめた。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組
CBCスペシャル 千円の約束

1941年、日本統治下の台湾で、国籍の違う2人の青年が同じ下宿先で暮らしていた。1人は台北一中に通う日本人・小野駿一郎さん。もう1人は、上海からの中国人留学生・沈維屏さん。16歳同士、国の壁を越え、兄弟のように仲の良かった2人。だが、その同居生活は半年で終わり、お互いの存在を気に掛ける余裕さえないまま、終戦を迎えた。◆2人が再会したのは1946年。敗戦国となり、台湾から日本へ引き揚げる小野さんの前に、沈さんは現れた。沈さんは日本統治時代の建物等を引継ぎ管理する中国国民党の接収委員となっていた。戦争によって立場がまったく変わってしまった2人。親友の苦境を見た沈さんは「次に会う時に返してくれ。必ず生きて会おう」と、当時の大金である千円を小野さんに手渡した。◆約束から66年の歳月が流れた。しかし、2人が再び会うという願いは叶っていない。「敗戦後の日本で生き延びることができたのは、親友・沈維屏さんのおかげ。何とかもう一度会って千円を返し、お礼を言いたい」。CBCラジオ「つボイノリオの聞けば聞くほど」に届いた1通のメールをきっかけに、番組は87歳となった小野さんの約束を果たす旅路を追う。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組

Copyright Broadcast Programming Center of Japan.