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テレビ番組

SBCスペシャル 遼太郎のひまわり 日中友好の明日へ

番組ID
207383
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放送日時
2012年08月29日(水)19:00~19:55
時間(分)
46
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー
放送局
信越放送(SBC)
製作者
信越放送(SBC)
制作社
信越放送(SBC)、ティ・ブィ・フォー、コンテンツビジョン
出演者
ナレーション:久保田祥江
スタッフ
撮影:米山博昭、音声:米山竜吾、音声:本島義和、編集:和田秀一、MA:桑澤康則、CG:新部雅美、撮影:手塚孝典、構成:手塚孝典、プロデューサー:久保正彰
概要
日中国交正常化から40年。ある帰国者家族を通して日中友好の在り方を考える。◆小学校教諭の大橋春美さんは、中国残留日本人の父と中国人の母を持つ帰国者2世。長野県豊丘村で中学一年生の息子・遼太郎くんと暮らしている。「戦争がなければこの世に生を受けることはなかった」、自らの存在そのものへの不条理、その苦悩は今も消えない。中国では日本人の血を引く故に侵略の責めを負わされ、日本では中国人の血を引く故に蔑まれ、生きてきた。◆5年前、中国の大学院で学ぶ機会に恵まれ、親子で3年間滞在した。現地の小学校に通った遼太郎くんはただ一人の日本人で、中国の歴史教育のなかで傷つく場面もあったが、親友を得て交流を深めてきた。豊丘村の自宅の庭で大切に育てているひまわりは、中国の先生や友だちとの友情の証である。春美さんは、子どもたちが育む絆こそが、友好の時代への礎だと信じている。◆この夏、親子は中国の生まれ故郷や戦跡を訪ねた。戦争と友好を見つめる旅である。二人は戦争の歴史とどのように向き合ったのか。そしてどのように未来への希望を見出していくのか。帰国者の戦後史を辿りながら、これからの日中友好を見つめる。
受賞歴
日本民間放送連盟賞(第61回教養番組優秀)、ギャラクシー賞(第50回奨励賞)

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