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ラジオ番組

つなぐ 盛岡芸妓を未来へ

番組ID
R24352
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2023年05月28日(日)11:30~12:00
時間(分)
29
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー・録音構成
放送局
IBC岩手放送
製作者
IBC岩手放送
制作社
IBC岩手放送
出演者
ナレーション:奥村奈穂美
スタッフ
制作:瀬谷佳子、音声:高橋勝士
概要
東北地方の中でも「盛岡芸妓(げいぎ)」は芸事に秀でていて、優しさあふれる盛岡弁も魅力と評価されている。かつて100人ほどの芸妓を擁し、園遊会や芸能の発表会で華やかな唄や踊りを披露したという。だが、今はわずか4人となり、このうち3人は70歳以上。若手は一般公募で採用された富勇姐さん1人だけ。盛岡の貴重な文化は存続の危機に瀕している。そんな中、富勇姐さんが世襲で受け継がれてきた盛岡芸妓の世界に飛び込んだ理由とは。そして、芸妓の技を守ろうと始まった見習い芸妓「ひよ妓(こ)」の公募主体の一つ、NPO法人いわてアートサポートセンターの理事長で総合プロデューサーの坂田裕一さんが、盛岡芸妓の繁栄と衰退の要因とは何か、その歴史の変遷を語る。4人体制となった盛岡芸妓の合わせ稽古では、古くから受け継がれているという「南部音頭」を披露。ベテラン芸妓の姐さんたちの心意気にも触れた。盛岡芸妓の今後はどうなるのかを考える。

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