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ラジオ番組

開高健 輝ける孤独〔2〕

番組ID
R23575
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2022年02月20日(日)20:00~21:00
時間(分)
60
ジャンル
school
教育・教養
放送局
横浜エフエム放送(FMヨコハマ・FM YOKOHAMA)
製作者
横浜エフエム放送(FMヨコハマ・FM YOKOHAMA)
制作社
横浜エフエム放送(FMヨコハマ・FM YOKOHAMA)
出演者
スタッフ
制作:神戸竜太、演出:高橋浩二郎、録音:柳山和人、録音:藤田智、録音:金谷成樹、制作統括:久冨一雄
概要
開高健という作家を知っているだろうか。戦後から昭和後期にかけて様々なジャンルの小説やノンフィクションを発表し、当時の若者の生き方やカルチャーに大きな影響を与えた人気作家だ。小説の中で日本の終戦直後の混沌とした社会を描いたかと思えば、自らベトナム戦争の激戦地に乗り込んでいって200人中17人しか生き残れなかった作戦に参加。見事生還すると、その従軍体験をルポルタージュにして発表する。ワイルドで、聡明で、グルメで、誰よりも大きな孤独を抱えていた開高健の世界を、3週にわたってゲストと一緒に旅していく。ナビゲーターは新聞記者・ルポライターの三浦英之と秀島史香。◆第2回のゲストは、漫画家のヤマザキマリさん。「開高健の旅と食」をテーマに作品を紐解きながら、開高の食の原点や、孤独がもたらす魅力に迫っていく。

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83歳にして高校野球の監督を続ける迫田穆成さん。1955年に広島商業高校入学、1957年に主将として甲子園全国制覇。その後1967年同校監督に就任し、1973年春準優勝、同年夏優勝。選手、監督で全国制覇という快挙を達成した名将だ。迫田さんは6歳の時に被爆しており、不安な戦後を生き抜いた。その少年が広島勢優勝を飾り、原爆被害からの復興過程にあった広島の人々を大いに勇気づけた。迫田さんの歩みは、戦後の広島の歩みそのものだ。スポーツが地域の希望の光となり、全国を舞台に地方都市が張りあえることを証明した。バント、待球(四球や打ちやすい球を待つこと)、奇想天外な作戦。パワーで劣っても創意工夫と執念で日本一になる。その人生は実に爽快であり、苦境にある地方都市や弱者の生きる道を示すものだ。現在、迫田さんは竹原市にある全校生徒約150人の小さな県立竹原高校を指揮している。最初は11人だけだった選手も、翌年16人が入部し、ようやく戦力が整った。ここで自らノックバットを握り、野球部の強化はもとより地元の活性化にも寄与している。昨夏、20年間で1勝しかできなかった竹原高校は3勝をマークし結果が出始めている。迫田さんの生き方、言葉は苦境の地方や組織の一助となるはずだ。


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