テレビ・ラジオで放送された番組・CM4万本以上を視聴できるほか、展示やイベントを通じて放送の今と昔を学べます。 入館無料

radio
ラジオ番組

YBCラジオスペシャル 弾圧 ~表現教育は踏みにじられた~

番組ID
R22679
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2019年05月27日(月)20:00~20:45
時間(分)
45
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー・録音構成
放送局
山形放送(YBC)
製作者
山形放送(YBC)
制作社
山形放送(YBC)
出演者
ナレーター:青山友紀
スタッフ
取材:伊藤清隆、構成:伊藤清隆、編集:奥山剛
概要
2019年5月、菱谷良一さん(97歳)は、戦争前夜に描いた絵が治安維持法違反とされ、過酷な取り調べを受けた“弾圧の補償”を、市民、国会に訴えた。1941年、旭川師範学校を卒業間際に突然、特高警察に連行されたまま1年3ヵ月に及ぶ独房生活を余儀なくされた。同じ年、山形県東根市の長瀞尋常小学校で、児童の目を生活に向けさせた詩や作文に書かせる「生活綴り方教育」を実践していた青年教師、国分一太郎も治安維持法で検挙された。長瀞小に今も受け継がれている16冊の学級文集には、農村が窮乏し娘の身売りが相次いだ時代、生活をまっすぐに見つめた詩と作文が並んでいる。長瀞小の表現教育は村人の共感にも支えられていた。しかし、国の統制が強まる中、綴り方教育に関わる小学教師たちが次々に検挙され、国分も山形県警特高課に検挙されてしまったのだ。忖度、同調圧力、KYなど閉塞感が漂う日本。絵画や作文教育が罪に落とされた時代を掘り起こし、のびのび表現できる未来を展望する。
受賞歴
日本民間放送連盟賞(第67回ラジオ報道番組優秀)

同じ年代の公開番組

青春アドベンチャー 日本のヤバい女の子〔3〕

本を開き、時空と虚実を飛び越えて、昔話に登場する「女の子」と現代に生きる「私」がガールズトークを繰り広げる。日本の昔話に登場する「女の子」たちの人生を大胆に読み解き、物語と社会の呪縛から、彼女たち、そして現代の私たちを解放しようとするラジオドラマ。(全5回)◆第3回「変身する女の子・清姫」。ある日、熊野詣に来た1人の若い僧がいた。名は安珍、大変な美形であった。宿を探していたところ、伏し目がちで可憐な清姫という娘がいる屋敷にたどり着いた。清姫は安珍に一目惚れしてしまった。清姫に迫られた安珍は、熊野詣の帰りに迎えに戻ると約束するが、清姫を迎えに行かなかった。約束を反故にされた清姫は変わり果てた姿となって安珍の前に現れたが、人違いだと彼女を振り切るように進んでいく。怒った清姫は大蛇の姿となり、道成寺に逃げ込んだ安珍を鐘楼ごと怨念の炎に包み焼殺した。その後、大蛇のまま海に身を投げたという清姫。このやりきれない清姫の恋心に同情した「私」は、清姫のもう一つの物語を作りたいと彼女の元まで汽車で会いに行くことを決めた…。


recent_actorsドラマradioラジオ番組
NBCラジオドラマ 出島から地球を見た男 ~阿蘭陀通詞 志筑忠雄伝~

「引力」、「重力」、「遠心力」など、科学や物理学に使われる言葉は、江戸時代中期、一人のオランダ語通訳によって“発明”されたものだった。長崎・出島を舞台に、日本人通訳・志筑忠雄(1760~1806)の功績を、架空の物語に構成して伝えるドラマ。◆安永5年(1776)晩秋、当時としては希少品だったワインを酌み交わす二人の青年がいた。阿蘭陀通詞(オランダ語の通訳)の忠雄と竜太郎である。そこに、オランダ渡りの品々を商う宗五郎が加わった。宗五郎は、出島から書物を持ち出すよう二人をそそのかす。数日後、出島に向かった二人だが、橋のたもとで竜太郎が足を踏み外し海に転落してしまう。気がつくと、竜太郎は出島に架かる橋の上に立っていた。しかも“安永5年”ではなく“令和元年”。243年の時空を越えた竜太郎は、歴史学者から忠雄の足跡を聞かされ驚くのであった。◆2019年の日本で普通に使われている言葉。とりわけ天文学や物理学に欠かせない単語や形容詞は、忠雄が編み出したものである。いわば忠雄は、西洋の近代科学と初めて向き合った日本人であった。鎖国時代の出島という小さな窓から差し込んでくる光をおう盛な知識欲で取り入れた一人のオランダ通詞の業績が、時を越え過去と現代を結ぶ物語。志筑忠雄以外の登場人物は架空、現代の登場人物は全て本人が演じている。


recent_actorsドラマschool教育・教養radioラジオ番組
語り継ぐ稲むらの火 ~生かされなかった梧陵の教訓~

1854年、安政の南海地震・津波に立ち向かった濱口梧陵の史実を物語にした「稲むらの火」を朗読しながら、物語の五兵衛と、実在する梧陵の違いや、梧陵を形成した経験や交流、どのようにして梧陵が津波に立ち向かったのか、さらに津波の後の広村(現・和歌山県広川町、梧陵の出身地)を救った梧陵の偉業を紹介する。その一方で、梧陵の教訓を生かせなかった悲しい事例として、東日本大震災で多くの犠牲者を出した宮城県石巻市立大川小学校での悲劇を紹介し、「裏山に逃げたほうがいい」と先生に進言した児童の声がなぜ迅速な避難に結びつかなかったのか、防災の専門家に分析を聞く。今に通じる先進的な梧陵の精神を受け継ぐため、広川町では、安政の南海地震から50年を経て津浪祭をスタートさせ、その歴史は100年以上となる。東日本大震災の発生から8年を経た被災地が、早くも風化を懸念する中、広川町では新たに子どもの語り部を育成する取り組みを始めていた。「やがて訪れるかもしれない未曾有の危機を乗り切るために後世に語り継ぐ」。濱口梧陵の地元では、今を生きる者の責任を果たそうとする思いが形になって現れている。


cinematic_blurドキュメンタリー・録音構成radioラジオ番組

Copyright Broadcast Programming Center of Japan.