テレビ・ラジオで放送された番組・CM4万本以上を視聴できるほか、展示やイベントを通じて放送の今と昔を学べます。 入館無料

radio
ラジオ番組

150年目の凱旋 祇園祭・大船鉾復活の物語

番組ID
R21357
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2014年08月03日(日)12:00~13:00
時間(分)
59
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー・録音構成
放送局
京都放送(KBS京都)
製作者
京都放送(KBS京都)
制作社
京都放送(KBS京都)
出演者
語り:遠藤奈美
スタッフ
構成:小窪泰子、ディレクター:永田和美、プロデューサー:永田和美、技術:永田和美、効果:永田和美
概要
2014年夏、祇園祭山鉾行事が歴史的な転機を迎えた。150年もの間、休み鉾(巡行に参加しない鉾)だった大船鉾が復興し、これとともに約半世紀ぶりに後祭も復活する。“動く美術館”ともいわれる祇園祭を支える町衆の汗と涙を、音で描く。◆四条町の大船鉾は江戸時代末、禁門の変で焼失し、長年祇園祭の巡行に参加できずにいたが、鉾を飾る懸装品は町内の各家で受け継がれてきた。そして2008年、四条町がまとまって大船鉾復興に向けての歩みが始まった。鉾の枠組みが完成しつつあった2011年9月ごろから、復活の夏、2014年7月まで、大船鉾を担う四条町を追う。そこには町内の人々や助っ人、そんな四条町を見守ってきた人々の様々な思いがあった。お囃子の音色、鉾建ての槌音、車の軋み、観衆のざわめき、御神輿の飾り金具の揺れる音などを織り交ぜつつ、地元ラジオだからこそきめ細やかな取材にこだわり、祇園祭に携わる人の葛藤や情熱を描く。

同じ年代の公開番組

「カフェ・デ・モンク」スペシャル・プログラム 震災・語り継ぐこと

3人のゲストと共に、東日本大震災後を前向きに生きるヒントを考える。大野玄妙さんは法隆寺管長で、震災の犠牲者供養と復興を祈願した特別展「法隆寺 祈りとかたち」を仙台市内で開催中である。阪神淡路大震災を経験した小倉健一郎さんは、震災翌日に神戸から駆けつけ、医療を支援してきた。現在は全ての病院が流された石巻市雄勝町に作られた診療所の所長として、無医地区となった町の医療とコミュニティを守る。仙台在住の直木賞作家の熊谷達也さんは、かつて教師として務めた気仙沼を舞台に、被災地の物語を書き続けている。◆鼎談は、地震が起きたあの瞬間をどこでどのように迎えたかから始まる。そして、それぞれが震災とどう向き合っているか、震災があらわにした課題、日本人の精神性、祈ることの意味などが語られる。風化を止めるには、被災地に関心を持ち続けてもらう機会を作ること、経験を語り継ぐことが何より大切であり、震災の経験から生まれた教訓を広く共有することが、次の災害への備えとなる。


adaptive_audio_micトーク・ワイドショーcinematic_blurドキュメンタリー・録音構成radioラジオ番組
桃山団地は、本日も晴天ナリ 福島からやってきた母と子の3年間

東日本大震災後、福島県の支援を担当した京都府には福島からの多くの人が避難してきた。京都市伏見区の桃山団地に暮らす齋藤さんは、福島市飯野町から3人の子どもと共に避難してきた。高校生の長女は福島で暮らすことを選び、齋藤さんはそのことを尊重しつつも離れて暮らすことに迷い悩んでいる。長男も高校進学の節目を迎え、親子は高校は福島か京都かという選びようのない選択を迫られる。同じく桃山団地に住む西山さんは福島市から移住。伏見大手筋商店街に避難者と支援者、地域の人たちが集える場所「みんなのカフェ」をつくった。この3年間走り続けてきたが、ふと立ち止まると、娘との時間を大切にする余裕もなかったことに気づく。郡山市から避難してきた山田さんはこの春、京都を離れることを決断した。宇治市のNPOで働いたことをきっかけに様々なことに気付き、福島に戻って福島と京都をつなぐ支援をしたいとい目標も出来た。福島から来た3人の母親を軸に、彼女達の悩みと同時に、普遍的な母親としての悩みを追う。


cinematic_blurドキュメンタリー・録音構成radioラジオ番組
YBCラジオスペシャル 花は咲けども ある農村フォークグループの40年

山形県長井市のフォークグループ「影法師」は、結成40年の“おやじ”4人組。メンバーの二人は専業農家で、地方、農業の現場から社会を風刺する歌を紡ぎ出してきた。代表作「白河以北一山百文」では「原発みたいな危ないものは 全て東北に押し付けて 浮かれて暮らすのは東京の人だけ(標準語訳)」と歌った。それから20年後、福島第一原発の事故が起きた。メンバーは心配が現実になったことにおののき、自分達の非力を悔やんだ。そして2年後、「花は咲けども」を発表した。震災復興支援ソング「花は咲く」へのアンチテーゼだ。「国や財界は原発事故を早急に幕引きしたいのでは」と感じた彼らは、この曲を歌いながら、事故を風化させてはならないと訴える。「花は咲けども 春をよろこぶ人はなし 毒を吐き出す土の上 うらめし、くやしと 花は散る」。直接的な被害を受けていない者が福島の被災者の心情を歌っていいのか、という後ろめたさや葛藤があった。しかし、「東北で誰かがものを言わない限り、福島は完全に見えなくされてしまう」。福島の避難区域に今年も桜は咲いたが、愛でる人の姿はない。影法師は、この曲を多くのミュージシャンと歌い広めていくプロジェクトを始めた。影法師の歌を通して“東北と中央の理不尽な関係”を浮き彫りにし、「花は咲けども」に込めた思いを伝える。


music_note音楽cinematic_blurドキュメンタリー・録音構成radioラジオ番組

Copyright Broadcast Programming Center of Japan.