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ラジオ番組

Radio Berry Afternoon Delight

番組ID
R02580
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2004年03月26日(金)13:00~15:50
時間(分)
46
ジャンル
adaptive_audio_mic
トーク・ワイドショー
放送局
エフエム栃木(Radio Berry・FM栃木)
製作者
エフエム栃木(Radio Berry・FM栃木)
制作社
エフエム栃木(Radio Berry・FM栃木)
出演者
スタッフ
制作:永尾敏幸、制作:深澤孝彰、演出:永尾敏幸、構成:永尾敏幸
概要
週末・金曜日の午後、リスナーにワクワクした期待の気持ちが湧く頃に、トレンド、映画、旅などの情報と心地良い音楽をミックスして送る3時間の生放送。DJユキ・ラインハートが落ち着きのあるトークでナビゲートする。(2002年10月~2004年3月放送)。◆この日のメッセージテーマは「花見のレッドカード」。「ウィークリーキャッチ」はベートーベンの話題を伝える。「アイラブ栃木EX」ではDJユキが謎の栃木弁講師とやりとりしながら、コミカルに栃木弁の使い方をマスターする。流行情報を送る「あふでらトレンドウォッチャー」に続き、「あふでらソウルグルーブ」ではノラ・ジョーンズ「サンライズ」の歌詞を解説する。

同じ年代の公開番組

SOUND SPLASH

FM・NIIGATA開局時にスタート、地域に根ざした情報を届ける平日夕方のワイド番組。パーソナリティは中村智景。(1987年10月1日放送開始)。この日は、2004年10月23日に発生した新潟県中越地震から1週間後の放送。◆16時台は、被災地以外のリスナーからのメッセージ、そして被災地のリスナーからのメッセージを、リクエスト曲をかけながら紹介。ボランティア情報、中越地震に関する生活関連情報特別番組のお知らせ、エコノミークラス症候群への注意喚起、被災地取材レポートを織り交ぜる。取材・レポートは吉田鉄太郎。◆17時台は一般ニュース、被災地域ごとの情報、交通関連情報をまとめて伝える。募金の案内も。◆18時台は、リスナーからのリクエストとメッセージ、ボランティア情報、パパラビジョン(「見えるラジオ」電光掲示板による文字情報)の案内、天気情報、心のケア・ホットライン案内。特別選曲は、子供向けのテレビ番組主題歌特集。そして新潟出身アーティスト「ダブル」のTAKAKOからの応援メッセージをおくる。


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新潟県中越地震災害特別番組

2004年10月23日、新潟県中越地方に大地震が発生した。FM新潟では発生直後から割り込み放送を実施。被災現場からの衛星携帯電話を活用した中継などを行った。◆そして地震後一週間経過した中で、日々変化する被災者ニーズに対応した特別番組編成を行い、被災者の生活関連情報を中心に放送していった。◆被災地のニーズ・関心は時間の経過とともに変わっていく。当初は自分および家族の身の安全を確保すること。次は水・食料。電気・ガスなどのライフラインの情報、各地の災害対策本部から送られてくる医療機関の診療案内、共同浴場の案内、住宅相談窓口の開設、学校幼稚園の休園・休校、いかがわしい販売員への注意喚起などの様々な情報である。◆FM新潟ではこれらを被災地域ごとにまとめて、毎日ほぼ定時に、一ヶ月以上にわたり放送を続けた。避難生活をしている人たちに向けて生活関連情報を知らせることが、地元FM放送局の重要な役割であると考えたのである。◆また、被災した5市町の各避難所にパパラビジョン計32台設置し、同様の生活関連情報を文字情報としても放送した。(パパラビジョンはFM放送帯域の一部を使って文字情報を放送している「見えるラジオ」。)◆この日・この時間の放送では、気象や余震など被災地域全般に関する情報の後、小千谷市ほか各地の生活関連情報を伝える。


ondemand_video報道・時事radioラジオ番組
宝永元年の大阪改造プロジェクト

大和川の付け替え(流域変更)から300年を機に、付け替えの歴史を検証し、これからの人と川の営みについても提言する。案内役は旭堂南海。◆付け替え工事前の大和川の流れを紹介するところから番組はスタート。江戸時代、大和川は人々に恩恵を与える川である一方で、氾濫を起こしやすい川でもあった。治水対策案として河内の農民リーダーである中甚兵衛が、大和川付け替え案を幕府に提出する。一方、新しい川により田畑を失う農民達も団結して付け替え案反対運動を起こす。苦慮した幕府は治水工事の権威者、川村瑞賢の提案により安治川の開削などの河口を広げる改良工事を行った。それでも収まることがない水害に対して、宝永元年(1704年)幕府はついに付け替え工事を行なうことを決定。付け替え工事によって洪水は減り、大和川の埋め立て地に田畑が開発された。田畑では綿が栽培され、河内木綿の産地として商品経済が機能し始め、経済都市大阪の基盤へとなった。しかしその一方で大都市堺の衰退、交通、流水系統の断絶などのマイナス面も生まれた。大和川の付け替えに伴う賛成、反対の運動はその後、大阪の民衆が団結して幕府に訴願し要求を解決するパターンを作りあげた。◆ゲストコメンテイターは大阪大学の村田路人氏、大阪産業大学の玉野富雄氏。参考文献:中九兵衛著「甚兵衛と大和川」。大和川付け替え300周年特別番組。


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