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ラジオ番組

録音でつづる戦後50年 高度成長と農業(特集)

番組ID
R02481
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放送日時
1996年03月09日(土)17:05~18:50
時間(分)
90
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー・録音構成
放送局
NHK
製作者
NHK
制作社
NHK
出演者
スタッフ
概要
NHKに保存されている録音で戦後の50年を振り返る番組。進行役は相川浩アナウンサー。(1995年4月~1996年3月放送)◆この回は特集「高度成長と農業」。農民作家の佐藤藤三郎さんと農業の問題について考える。◆昭和31年から33年の頃の農業は、米も野菜も作れば高く売れた時代で、農家も意欲を持って農業に励んでいた。しかし昭和35年になると、所得倍増計画という政府の政策があり、その農村版ということで農業基本法が成立する。その法律は農民の立場に立ったものであったのかどうか疑問であったと佐藤さんは言う。◆農村から若者が都会へと出て行き、農村の人口はどんどんと減少していった。結局、第二次産業、第三次産業に労働力を回す狙いがあったのではないかと佐藤さんは語る。その後の農業は、規模の拡大ということで機械を導入することになるが、それに見合うだけの収入はなく、借金返済のため出稼ぎ等、農業以外に収入を考えなければならなくなった。◆昭和42年、米は大豊作で農家はボーナス景気であったが、その後も豊作が続き、古米が余る状態となり、政府は生産者米価を据え置くとともに減反や転作を奨励していくこととなった。しかし麦や豆を作っても外国から入ってくる価格には追いつかず、転作は増えなかった。◆米を除けば、穀物類の80%近くは輸入によるものであり、消費者はこの事情をよく考えて欲しいと佐藤さんは話す。番組では草野比佐男さんの詩と朗読が紹介される。

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NHKに保存されている録音で戦後の50年を振り返る番組。進行役は相川浩アナウンサー。(1995年4月~1996年3月放送)◆この回のテーマは「大阪万博とよど号事件」。ノンフィクション作家の関川夏央さんと1969年、1970年を振り返る。◆昭和44・45年は、東大安田講堂での攻防戦で象徴されるように学園紛争の嵐が吹き荒れたが、日本経済は好調で株価も上昇した時代であった。お米は豊作が続き、日本人の嗜好の変化もあって余剰米が蓄積し、農業政策は転換期を迎えることになる。◆一方、静岡県田子の浦ではヘドロ、東京の新宿では排気ガスによる公害が発生し、社会問題となった。また、昭和45年3月31日に乗客・乗員138名を乗せて羽田から福岡に向かった日航機“よど号”が赤軍派9名にハイジャックされる事件が発生し、世の中を震撼させた。◆明るい話題としては、大阪万博が開催され6400万人もの人が訪れた。日本山岳会は世界でも6番目となるエベレスト登頂に成功した。他に「アポロ11号・人類史上初の月面着陸」「八幡製鉄と富士製鉄の合併」「第64回臨時国会・佐藤総理施政方針演説」「三島由紀夫・割腹自殺事件」「日米繊維交渉決裂」などが紹介される。


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