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ニュース映画

毎日世界ニュース 415 ひらけゆく南紀州

番組ID
N00809
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上映日
1959年07月22日(水)
時間(秒)
125
カテゴリ
地域
概要
1959年7月15日、熊野灘に洗われる紀伊半島を東西に結ぶ、三木里─新鹿間が開通。喜びに沸く地元の人々に迎えられて、東京からの祝賀列車「那智」号が熊野市駅に滑り込んだ。大正9年(1920年)の着工以来39年ぶりに完成した紀勢本線の全通式には、十河信二国鉄総裁も出席。美しい娘さんから花束を贈られたり、お国自慢のカイ踊りなど盛大な催しに我が意を得たりと満足の様子だった。しかしこうした文明開化の陰に、バトンを汽車に渡して去って行くバスの姿も印象的である。一方では、沿線に「温泉つき土地売ります」の立札が目に付き、温泉客や観光客の誘致にボーリングやケーブル工事があちこちに見られるのも、開け行く土地らしい風景だ。とりわけ嬉しそうなのは、今日から汽車が走る二木島、賀田のお年寄りたち。昨日までは隣の町へも一日がかりで行った陸の孤島だったが、ようやく父祖三代の念願がかなっのだ。熊野路はいま新しい時代の夜明けである。

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毎日世界ニュース 417 野球日本夏の陣

高校野球の開幕ももうすぐ、憧れの甲子園は準備に大わらわだ。暑さにもめげず、神宮球場では元気一杯のプレイが繰り広げられている。晴れの東京代表の座を獲得した日大二高、各地の代表校もほとんど決まった。大阪球場では年に一度の夢の球宴、プロ野球オールスターゲームの第2戦が華やかに行なわれ、セ・パ両リーグのスタープレーヤーの活躍がファンを喜ばせた。試合は3対3の同点で迎えたセ・リーグの攻撃。注目の長嶋茂雄選手(読売ジャイアンツ)と杉浦忠投手(南海ホークス)の対戦は、長嶋がレフトスタンドにホームランして、4対3とセ・リーグがリード。パ・リーグは5回の裏オールスター男・山内和弘選手(大毎オリオンズ)が秋山登投手(大洋ホエールズ)からヒット、ランナー3塁1塁と激しく攻めたて、代った小山正明投手(大阪タイガース)からも1点を返し反撃したが、結局6対4でセ・リーグが勝ち、1勝1敗で引き分けた。一方、後楽園でも真夏の球宴、第30回都市対抗野球も連日満員の盛況で熱戦が行なわれ、野球王国日本ならではの賑やかな応援合戦で、お国自慢がスタンドを彩っている。1959年8月1日には、皇太子さまも初めてお見えになって、ゲームも一層盛り上がった。決勝戦は松山代表丸善石油と釜石代表富士鉄釜石の対戦となり、松山代表が6対4で初優勝を遂げ、晴れの黒獅子旗を獲得した。こちらは男ばかりの野球じゃないと張り切る女子野球チーム。遙々地方のお祭りに招かれて遠征、町会議員チームの旦那方と対戦した。町のセンセイも意気のいい女性軍にはたじたじ、珍プレー続出、もっぱらレディーサービスだ。女子チームは日頃鍛えた腕を発揮して圧倒的勝利を収めた。気を良くした女子チーム、今度は自衛隊に挑戦。日頃空砲ばかりの演習のせいか、あえなく空振り三振。自衛隊発動の暇も無く、女子軍の速攻に降参した。戦い終ってぐったり疲れて帰るバスの中、野球ならでは夜も明けぬ、野球日本の表情である。


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毎日世界ニュース 400 特報 皇太子殿下ご結婚

晴れの日を迎えた1959年4月10日。皇太子さまのお使い山田康彦東宮侍従長のお迎えを受けた正田美智子さんは、家族の人々に別れを告げて、午前6時30分池田山の実家をあとに皇居に向かった。皇太子さまも9時10分東宮仮御所を出発、皇居に向かわれる。皇族、閣僚らこの日の参列者1072名も、威儀を正して賢所内幄舎に集まって行く。やがて、午前10時甘露寺受長掌典長の先導で、回廊に姿をお見せになった黄丹袍の束帯の皇太子さまと、十二単の美智子さんは、しずしずと賢所内陣に進まれ、厳かに「結婚の儀」が始まった。神前に皇太子さまが結婚の誓いを告げられたのち、外陣にさがったお二人は晴れて固めの盃を受けられる。美智子さんはこの時から、皇太子明仁親王妃美智子殿下となられたのである。午後2時、美しいローブ・デコルテの胸に、勲一等宝冠章を輝かせた美智子妃殿下は、皇太子さまとともに仮宮殿西の間で天皇・皇后両陛下に正式の挨拶をされる「朝見の儀」に臨まれる。このあと両殿下は、美しい6頭立て4頭引きの儀装馬車に同乗して皇居を出発、沿道9キロを埋めたおよそ100万の群衆の歓呼と祝福を浴びながら、お二人のスイート・ホーム東宮仮御所に帰られた。美しいロマンスが実を結んだ4月10日。雲一つなく晴れ上がった空の下、お二人の幸福をお祝いする国民の歓呼は、いつまでも沿道にこだましていた。


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毎日世界ニュース 427 災害地の子供たち 伊勢湾台風第三報

学校が始まるのはいつだろうか?子供たちの学校は泥水につかったまま半月たった。先生たちが膝までつかる泥水の中を連絡にやって来た。校舎から水が引くまで集団疎開するためだ。わずか1時間の干潮時をぬって疎開のバスがやって来た。心配そうなお母さんたち、注意したいことは山と有っても、潮の満ちぬ間に慌ただしく出発しなければならない。集団疎開する子供たちも愛知県だけで6千名に達し、疎開先の学校では新しい友だちが手を振って迎えてくれた。半月ぶりの入浴、長い緊張もほぐれて、ぐったり寝込む子供たちの顔には安堵の色が浮かんでいる。毎年今頃は運動会のシーズン。褒美はリボンだけにして賞品は全部災害地へ送る東京の友だち。遠く三重県伊勢市に疎開した長島町の子供たちにも温かいプレゼントが届いた。まだ机も無い畳敷きの仮教室だが、心の籠った理容学校生徒の無料奉仕などによって、子供たちは日一日と生気を取り戻して来た。一方、高潮の生々しい爪跡をさらす半田市海岸の堤防の決壊個所も、地元高校生らの協力でようやく仮締切工事が始まった。名古屋市の庄内川でも2千人の高校生が動員されて急ピッチの締切作業。1959年10月9日、庄内川はついにその傷跡を閉じた。全国から動員された排水ポンプが、一斉にうなりをあげて復旧への希望がほとばしり始めた。疎開先の学校でも1959年10月12日、新しく迎えた生徒と一緒に16日ぶりに授業が再開された。しかし子供たちからはあの日の悪夢の思いは去らない。今日も校庭で無邪気に遊ぶ子供たちから、あのいまわしい思い出が拭い去られるのはいつの日のことだろうか。


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毎日世界ニュース 414 あばかれた山岸会

三重県伊賀町の山岸会春日山農場では、ニワトリの飼育講習会と称して多くの会員を集めているが、その実は世界急進Z革命という世にも不思議な旗印をかかげ、いやがる受講者を監禁暴行するという事実が明るみに出た。1959年7月7日、一週間の講習会を終った26名の受講者たちは、プラカードを掲げたXマンたちに囲まれて、歌をうたいながら山を降りたが、中には途中で逃げ出したり精神状態がおかしくなる人まで出る大変な講習会だった。7月10日、三重県警察本部と上野署は200名の警官隊を動員して同会に手入れを行ない、不法監禁脅迫の容疑で幹部8人を検挙したが、調べによると山岸会は破産寸前にあり、その穴埋めに講習会の名で会員から財産を召し上げようとしたものと言われている。さらに、翌11日には2人の会員が反主流派幹部を刺殺して逃亡するという事件も起こり、山狩り騒ぎという奇々怪々な内紛までさらけ出した。おかげで日光で開かれるはずの関東地区講習会はさっぱり振るわず、ニワトリだけでなく人間からも金の卵を産ませようとしたZ革命の夢は、どうやらはかなく消え去ったようである。


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毎日世界ニュース 430 南海初優勝 日本シリーズ

プロ野球日本シリーズ。1959年10月29日、南海3連勝のあと、後楽園球場で迎えた巨人土壇場の第4戦。ストレート勝ちで悲願達成の意気あがる南海3回表の攻撃。ランナー広瀬叔功を1塁に、巨人はエース藤田元司をマウンドに送って必死の防戦。バッター杉山光平の打球は左中間へ、センター加倉井実懸命に前進したが抜かれ、この間に俊足広瀬が1塁から一挙にホームイン、南海が先制の1点をあげた。追い詰められた巨人は6回藤田が強引に盗塁し懸命の攻撃、しかし、4戦連投の杉浦忠投手を崩せず、国松彰もあえなく凡退して得点できず。南海7回の攻撃、ランナー1、2塁で鶴岡一人監督に激励された杉浦がレフト前にクリーンヒツトして1死満塁、続く穴吹義雄はショートゴロ、広岡達朗捕ってバックホーム、藤尾茂捕手が落球の間に岡本伊三美ホームイン。続く森下正夫はライトフライ、国松捕ってバックホーム、しかし高い球で藤尾捕手後逸、3塁から寺田陽介悠々ホームイン。南海は藤田投手を再び打ち込んでダメ押しの2点をあげた。いよいよ最終回、巨人最後の攻撃も杉浦の好投で早くもツーアウト。最後の期待を担ったバッター坂崎一彦もセカンドゴロに倒れて万事休す。3対0で南海優勝。南海は最高殊勲選手に輝いた杉浦の健闘で、待望の優勝を驚異の4連勝で勝ち取った。マウンド上で躍り上がる南海ナイン。念願叶って胴上げされる鶴岡監督を横目に、淋しく帰る巨人の水原円裕監督。こうして南海は4戦全勝の新記録で初の優勝を飾った。


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