テレビ・ラジオで放送された番組・CM4万本以上を視聴できるほか、展示やイベントを通じて放送の今と昔を学べます。 入館無料

videocam
ニュース映画

毎日世界ニュース 404 インド勝つ デ杯東洋ゾーン

番組ID
N00763
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
上映日
1959年05月06日(水)
時間(秒)
154
カテゴリ
スポーツ
概要
男子テニス国別対抗戦・デビスカップ東洋ゾーンの準決勝、日本とインドの試合が1959年5月2日から3日間、東京の田園コロシアムで行なわれた。第1日、シングルス2試合が行なわれ、松浦督がクリシュナンに敗れ、加茂公成がクマールを破り1対1と星を分けた。第2日、超満員の観衆が注目するダブルスは日本の宮城淳、柴田善久組がインドのクマール、クリシュナン組に善戦したがストレートで敗れ、インドが2対1と優位に立った。最終日、シングルス加茂対クリシュナンの第1試合は、第1セット加茂が好調に先取したが、その後加茂にミスが多くなり連続3セットをクリシュナンにとられ敗れた。この結果、日本はインドに敗れ、東洋ゾーン決勝に進出したインドはフィリピンと対戦することになった。

同じ年代の公開番組

毎日世界ニュース 436 さよなら日本

1959年12月10日、品川駅の内外を埋めつくした旗の波に送られて、北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)への第1次帰還が始まった。父の遺骨を抱いた少女も、息子に背負われた老人も、思い思いの希望を胸に集結地新潟に向かうのだ。予想された韓国側の妨害もなく帰還列車は順調なスタートを切った。しかし翌朝新潟駅構内にさしかかった頃、韓国青年行動隊の妨害で列車が一時立ち往生する騒ぎが一度ならずあった。列車は20分遅れて新潟駅に到着。警官隊護衛の中をバスを連ねて宿舎日赤センターへ向かい、第1次帰還者975名の集結を無事に終った。宿舎の周辺は万一に備えて昼夜をわかたぬ厳重な警戒。その中で帰還者たちは問題の意思確認手続きもなごやかに済ませ、日本の小学生が別れに歌うアリランの調べに、旅情を慰めながら静かに船出を待った。14日いよいよ帰国の日。帰還者たちは新潟港に待つ2隻のソ連船に乗船、葛西嘉資本部長(日本赤十字社副社長)から、李一卿(北朝鮮赤十字社副社長)北朝鮮代表に帰還者名簿が引き渡されて、日本とも間もなくお別れである。長い曲折を経て3年ごしにやっと実を結んだ帰国の夢。苦しかった日本での生活も今日で終る。祖国ではきっと温かい歓迎が待っていることだろう。送る人、送られる人、喜びと別離の涙もこもごも氷雨降る新潟港をあとに、第1次帰還船はクリリオン号を先頭に岸壁を離れて、一路清津(チョンジン)港に向かった。


videocamニュース映画