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テレビ番組

NNNドキュメント’23 PICU ―ブラックジャックに憧れた医師―

番組ID
219071
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放送日時
2023年12月11日(月)00:55~01:25
時間(分)
25
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー
放送局
読売テレビ放送/讀賣テレビ放送(YTV)
製作者
読売テレビ放送/讀賣テレビ放送(YTV)
制作社
読売テレビ放送/讀賣テレビ放送(YTV)
出演者
局アナ:林マオ
スタッフ
撮影:杉森賢治、編集:芦田諒平、EED:赤羽直樹、音響効果:久保秀夫、MA:佐伯謙丞、ディレクター:藤本佳成、プロデューサー:指宿文、プロデューサー:吉川秀和、チーフプロデューサー:堀川雅子
概要
兵庫県立こども病院で、小児集中治療に向き合う小児科医・黒澤寛史医師(48歳)。かつて、地元の病院で勤務していた時、重篤な子どもが運ばれてきた。上司から、治療は困難で、呼吸器をとめるよう伝えられ、なぜ懸命に生きる子どもを看取らないといけないのかと疑問を抱いた黒澤医師は、日本初のPICU(小児集中治療室)が設置された病院の門を叩いた。その後、海外でも研鑽を積み、兵庫県立こども病院で、日本最大のPICUを立ち上げた。全国から年間約1千人の重症の子どもたちが運ばれてくる。取材の中で、2人の子どもに出会った。1人目は、生後28日の女の子。生まれつき心臓に複数の穴があることが見つかり、ウイルスにより肺と心臓が悪化。心臓の穴は手術しないと完治は難しいため、大学病院では手に負えず、黒澤医師のいる兵庫県立こども病院へ搬送された。2人目は、脳出血になり意識不明に陥った8歳の男の子。脳へのダメージが大きく、意識が戻る可能性は決して高くない。しかし、我が子が元気になることを諦めない両親に、黒澤医師は優しく寄り添う。小児科医にとって子どもが一番亡くなる場所であるPICUは最も過酷な現場だ。現在、PICUは全国にたった35か所しかない。黒澤医師の願いは2つ。仮に自分がいなくなっても、日本のPICUを支える次世代のドクターが出てきてくれること。そして20年前なら助けることができなかった幼い命を救うこと。PICUの現実と支えるドクターのゆるぎない信念を伝える。

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