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テレビ番組

世界遺産〔347〕 パルミラの遺跡 シリア

番組ID
218263
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放送日時
2003年04月20日(日)23:50~00:19
時間(分)
25
ジャンル
school
教育・教養
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ドキュメンタリー
放送局
TBSテレビ
製作者
TBSテレビ
制作社
TBSテレビ、TBSビジョン
出演者
ナレーター:寺尾聰
スタッフ
監修:西藤清秀、構成:小山薫堂、テーマ音楽:鳥山雄司、撮影:丸山貴司、VE:相川和彦、CA:堂前徹之、編集:松尾強、EED:大地昌彦、MA:中村和弘、音響効果:堀井豊、宣伝:小池由起、宣伝:田中瑞穂、デスク:細谷京古、AD:吉峰香美、コーディネーター:鶴田波人、コーディネーター:鶴田サニー、協力:藤田潔、協力:樋口隆廣、プロデューサー:辻村國弘、協力:DR.KHALED EL ASAAD、協力:カメル ハジュワン、ディレクター:日下宏美、プロデューサー:辻村國弘、プロデューサー:大野清司
概要
シリア砂漠の中央部にかつてパルミラというオアシス都市があった。およそ2000年前、中国の長安とローマを結ぶ交易の中継地として栄え、古代シルクロードに残る最も華麗な都であったパルミラの遺跡は、1980年世界遺産に登録された。◆古代シルクロードが最も活況だった時期、数え切れないほどのキャラバンがパルミラからユーラシア大陸の東や西を目指して旅立っていった。シルクロードをわたってきた中国の絹は、裕福な人々の衣服やミイラを包む布として使われた。パルミラの人々は来世こそが本当の人生という死生観を持っており、墓は永遠の家と考え、何代にもわたって入ることが出来るような巨大な墓を作った。2002年に日本の調査団によって発見された墓は、家族の宴会をテーマにした彫像が、ほとんど無傷のままの姿で並んでいた。◆記念門、列柱通り、テトラピュロン、アゴラ、大浴場、ベール神殿、エラベールの塔墓

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私は原爆を伝えたかった

戦後58年。被爆体験が風化する中、原爆を落とした側と落とされた側、それぞれの体験者たちは後世に何を伝えたいと考えているのか。関係者の貴重な証言や資料により、原爆投下を日米双方の視点からとらえ、彼らの思いに迫る。◆長崎に原爆を投下したB29パイロットのフレッド・オリビや、観測機の航空士レン・ゴドフレーにインタビュー。様々なトラブルに見舞われた原爆投下までをドキュメントする。積み重なったトラブルによって第1目標の小倉上空への到着が1時間遅れ、その間に厚くなった雲のため目視投下を断念、そして第2目標の長崎へ。その頃、長崎市職員の荒木正人さんはいつものように疎開事務に追われていた。原爆で父親を失い、戦後「長崎原爆戦災史」の編纂に携わった荒木さんの体験を通し、きのこ雲の下の真実を明らかにする。◆番組後半は「情報操作」をテーマに展開する。アメリカは原爆の威力や人体への影響を機密扱いにして、厳しい検閲や情報統制を行った。そのため、原爆の実相は日本人にさえ長く伝えられなかった。原爆投下後、最初に長崎に潜入取材を試みたジョージ・ウェラーの記事は、連合国軍最高司令官マッカーサーによって闇に葬られた。戦略爆撃調査団カメラマンのダニエル・マクガバンが原子野の人々を撮影したフィルムも、機密扱いとなって長く日の目を見なかった。その映像には、著作を通じて反核・平和を訴えた永井隆博士も登場する。永井博士も当時は原爆について自由に書くことが出来なかった。


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