テレビ・ラジオで放送された番組・CM4万本以上を視聴できるほか、展示やイベントを通じて放送の今と昔を学べます。 入館無料

tv
テレビ番組

ドラマ10 コントレール 罪と恋〔8・終〕 明日、ひこうき雲が

番組ID
214664
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2016年06月10日(金)22:00~22:50
時間(分)
49
ジャンル
recent_actors
ドラマ
放送局
NHK
製作者
NHK
制作社
NHK
出演者
スタッフ
作:大石静、音楽:羽深由理、音楽:大間々昂、主題歌:鈴木雅之、考証:久保正行(警察)、考証:高取由弥子(法律)、考証:片山雅彦(医事)、指導:石田喜代美(看護)、アクション:青木哲也、制作統括:勝田夏子、美術:岡島太郎、技術:大須賀弘之、音響効果:林幸夫、編集:田中美砂、記録:村上律子、撮影:菅信吉、照明:水村享志、音声:中村進一、映像技術:石坂剛、VFX:片岡啓太、美術進行:竹野修、演出:柳川強
概要
無差別殺人事件により夫を失った主人公と、その事件に居合わせ、過って彼女の夫を死なせてしまった男性との、「許されざる恋」を描く。作:大石静。(2016年4月15日~6月10日放送、全8回)◆最終回「明日、ひこうき雲が」。文(石田ゆり子)の目の前で瞭司(井浦新)が事故に遭い、意識不明の重体で病院に搬送される。迎えに来た佐々岡(原田泰造)と帰路につく文だが、瞭司が心配でならない。その頃、自宅には息子の友樹(松浦理仁)の面倒を見るため義母・英恵(野際陽子)が訪れていた。英恵と気まずい別れ方をしていた文だったが、佐々岡に連れられて帰路に着く。一方、佐々岡は文の瞭司への思いを前に複雑な心境になる。そんな中、瞭司が意識を取り戻す。◆解説副音声あり

同じ年代の公開番組

金曜ドラマ わたしを離さないで〔5〕

日系英国人作家カズオ・イシグロがブッカー賞、ノーベル文学賞を受賞した原作を、イギリスから日本に舞台を変えてドラマ化。愛情、友情、絶望、希望、生と愛が絡み合うヒューマンラブストーリー。(2016年1月15日~3月18日放送、全10回)◆第5回。孤立していた恭子(綾瀬はるか)を支え、色々な面で恭子の防波堤となっていた浩介(井上芳雄)。しかし、浩介はついに介護人になるためコテージを旅立ち、恭子はまた一人に。ある日、美和(水川あさみ)は自分の「ルーツ」かもしれない人を見たと、コテージの住人から聞き、悩みながらも、自分のもとになった人がどんな人物なのか会ってみたいという欲求を抑えきれず、意を決して恭子、友彦(三浦春馬)らと会いに行くことに。一方、かつて陽光学苑時代に恵美子(麻生祐未)から教わった「のぞみが崎」が、現在いる場所から近いとわかった友彦。「海流の関係で色々なものが流れ着くため、なくしたものがあるかもしれない」という理由で名づられたその海岸へ、期待を膨らませる友彦は、恭子と美和に行ってみようと持ちかける。


recent_actorsドラマtvテレビ番組
日本のチカラ ブナから生まれる曲線美 ~「BUNACO」津軽から世界へ

世界自然遺産「白神山地」のある青森県はブナの蓄積量日本一。しかし、ブナは古くから使い道のない木とされてきた。ブナは水分を多く含み、乾燥させて使っても狂いが大きい木なのだ。青森に豊富にあるブナを活用するために生まれた技術が「ブナコ」。厚さ1ミリのブナ板を細長いテープ状にして使うことで、弱点を克服している。テープ状のブナ材を隙間なくコイルのように巻きつけ、一層ずつずらしていって、ボウルの形状に成型。型作りに使うのは湯呑茶碗。まさに職人技。◆創業から食器のみの商品ラインナップで展開していたブナコ株式会社は、1998年頃売り上げが激減、倒産の危機に。なんとか売れる商品をと模索をしていると、社長の倉田昌直さんがブナコでランプを作ることをひらめいた。さらに、ブナ材は光を当てると他の木材より赤く光ることに気がついた。ランプは人気となり、業績はV字回復する。◆2015年度、ブナコ株式会社には2人の新人が入社。ベテランのもとで一生懸命学んでいる。1人はモノづくりの夢を追い、1人は家族を支えるために手仕事の道へと転職をしてきた。そんな折、ブナコはパリで行われる欧州最大級のインテリア&デザイン見本市「メゾン・エ・オブジェ」への出展が決まる。新作のランプの成型に抜擢されたのは新人。難しい形状に悩みながらもなんとか完成させる。完成したランプを見た社長は…。青森で生まれて、青森から発信され続けるブナコに迫る。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組
8月6日の切符 ~あの日列車が走った~

あまり知られていない事実だが、原爆が投下された1945年8月6日、広島で国鉄の列車が運行されていた。その列車によって繋がれた命があった。庄原市の江木千鶴子さんは、あの日乗車した芸備線己斐-備後十日市(現在の西広島-三次)間の切符を、原爆資料館に寄贈した。当時1歳8か月の江木さんは広島駅で母親と共に被爆し、その日のうちに列車で広島を逃れた。生き延びることができたのは、沿線の住民らの救護のおかげだった。一方、原爆投下のわずか1時間後、損傷した広島駅では国鉄職員らが復旧作業を始めていた。現在マツダスタジアムがある第一機関区では、貨車を寄せ集めた避難列車が糸崎駅へ向けて出発しようとしていた。その列車で避難した男性は、今もその時の状況を鮮明に覚えている。鉄路を伝って逃げてくる被爆者を機関車の運転席に乗せ、西条に運んだ国鉄マンもいた。列車によって多くの命がつながった一方で、原爆による混乱は、壊滅した広島市街地から遠く離れた郊外にも広がっていくことになる。広島と広島以外。原爆で分かれた2つの世界を列車は行き来した。列車をめぐるあの日の物語を関係者の証言や残された資料から掘り起こす。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組