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テレビ番組

父の戦争 戦艦武蔵 甲板士官の遺言

番組ID
211647
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2016年05月27日(金)10:40~11:35
時間(分)
48
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー
放送局
九州朝日放送(KBC)
製作者
九州朝日放送(KBC)
制作社
九州朝日放送(KBC)
出演者
ナレーション:沢田幸二手塚正己
スタッフ
監修:手塚正己、撮影:柿坂健、編集:田中健太郎、コーディネーター:坂本守、コーディネーター:ビベンジョ・バタンjr、通訳:レイチェル・ミナミ、美術:津田初枝、美術:城田容子、美術:西川宏美、CG:山崎勇、CG:村上勉、題字:半田真理子、音響効果:坂本孔明、MA:西本慎也、取材:野村友弘、構成:野村友弘、プロデューサー:松延健次
概要
戦後70年の時を経てフィリピンの海底で見つかった戦艦武蔵。乗組員2399人のうち本国に帰還できたのは約450人だった。この番組のディレクターの父親は、その?生き残り?の一人であるが、父親からほとんど戦争の話を聞くこともなかった。そのまま父親は6年前に他界した。しかし、その父親が戦争について語る音声記録が見つかった。作家で『軍艦武蔵』の著者、手塚正己氏が取材した時のもので、その音声は約25時間にものぼる。そこには海軍兵学校に進学する生い立ちから戦後にかけての一部始終が記録されていた。記録をもとに東京、広島、福岡、宮崎、鹿児島、フィリピンへと「父の戦争」をたどり、壮絶な歴史を浮き彫りにする。

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