テレビ・ラジオで放送された番組・CM4万本以上を視聴できるほか、展示やイベントを通じて放送の今と昔を学べます。 入館無料

tv
テレビ番組

特集ドラマ 生きたい たすけたい

番組ID
211100
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2014年03月11日(火)22:00~23:13
時間(分)
73
ジャンル
recent_actors
ドラマ
放送局
NHK
製作者
NHK
制作社
NHK
出演者
スタッフ
作:藤本有紀、音楽:梅林茂、ことば指導:遠藤かおり、ことば指導:工藤博樹、VFXプロデューサー:結城崇史、制作統括:三鬼一希、美術:稲葉寿一、技術:前田貢作、音響効果:島津楽貴、撮影:佐々木達之介、照明:佐野清隆、音声:高山幹久、映像技術:飯野俊幸、VFX:進威志、美術進行:山畑勝哉、編集:石川真紀子、記録:石川真紀子、演出:佐藤幹夫
概要
未曾有の被害をもたらした、東日本大震災。その只中で「たすけたい」という思いの連鎖が宮城県気仙沼、ロンドン、東京を結び、ひとつの奇跡を生んだ。絶望の中から立ち上がる人々の勇気と、絆の物語。◆2011年3月11日、東日本大震災が発生した。宮城県気仙沼市では446人が、着の身着のままで公民館に避難した。10メートルを超える津波が、避難した人々を容赦なく襲う。小さな命を守るため、障害児施設の園長を務める真佐子(原田美枝子)や保育所所長・つつじ(余貴美子)をはじめとする大人たちは子供らに優しく語りかけ、身を挺して、寒さや火災、そして恐怖と必死に闘い続けた。そんな時、ある奇跡の絆が彼らの窮地を救う。◆解説副音声あり

同じ年代の公開番組

HTBノンフィクション 再び、甲子園へ ~駒大苫小牧・頂点への挑戦~

北海道の人々が皆、熱い夏を過ごした「駒苫初優勝」から10年。あの駒大苫小牧高校野球部が再び全国制覇を目指し、春のセンバツ甲子園大会に出場する。2004年に北海道勢初の甲子園制覇、2005年には57年ぶりの夏連覇、2006年は田中将大を擁して決勝再試合。かつて甲子園に君臨した“夏の王者”は、2007年夏を最後に甲子園から遠ざかっていた。◆チームの再建を託されたのは、初優勝時のキャプテン・佐々木孝介さん。2009年秋に監督に就任し、もがき苦しみながらチームを引張ってきた。地区大会すら勝ち抜けない時期もあったが、「もう一度、足元から」の思いで着実にチームを作り上げてきた。そして2013年の秋季全道大会で優勝し、佐々木監督は男泣きに泣いた。しかしゴールでは決してない。目標は全国制覇、ただ一つだ。◆本気で勝ちたいからこそ、激しくぶつかり合う選手たち。その熱い思いを真正面から受け止める監督。「大会歌が流れる中で、選手たちが優勝旗を持つ」 監督が描くイメージは現実に変わるのか。7年ぶりに甲子園の土を踏む駒大苫小牧の挑戦を追う。


cinematic_blurドキュメンタリーdirections_bikeスポーツtvテレビ番組
メ~テレドキュメント とむらい ~「英雄」の妻が見た国家~

中国で「民族の英雄」と呼ばれた元卓球チャンピオン・荘則棟。2013年2月、北京。彼の告別式は異様な雰囲気に包まれた。会場は病院の霊安室。周辺を公安警察が取り囲み、メディアの取材や一般の弔問は禁止された。当局はなぜ、荘の弔いを隠そうとしたのか。◆荘には妻がいる。佐々木敦子さん。旧満州生まれの日本人で27年前に荘と国際結婚した。敦子さんは荘が亡くなって数ヶ月、遺骨を手放せずにいた。「困難を共に越えてきたから二人でいたい」そんな気持ちの現われだ。◆1960年代前半、荘則棟は卓球の世界選手権で「男子シングル3連覇」という偉業を達成。建国から間もない中国で、国民に希望と自信を与えた。大会の後、荘は33歳の若さで大臣に抜擢される。ところが毛沢東の死後、権力を握っていた四人組が失脚。荘は四人組の追随者とみなされ、投獄された。◆釈放後、荘は敦子さんと出会って結婚するが、「四人組の追随者」という格印は消えなかった。敦子さんは荘が亡くなって初めて、その意味を知ることになる。敦子さんに訪れた試練、そして荘が残した言葉の意味の中に、現在の中国の「素顔」が垣間見える。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組
WATCH 真相に迫る 命守る遮断機を ~なぜ踏切事故は繰り返されるのか~

広島市安佐北区の無蓮地第2踏切で、車と列車が衝突し2人が亡くなった。現場は警報機も遮断機もない「第4種踏切」だった。約40年前にもバイクの女性が死亡しており、地元住民は警報機の設置を訴え続けていた。しかし、設置は現在も実現しておらず、住民は悔しさをにじませる。国は事故リスクの高い踏切をなくしたい方針だが、依然、広島県だけでも踏切が約930か所あり、うち1割強が第4種踏切だ。遮断機の設置には3000万円ほどかかるといい、鉄道事業者にはコストの問題がのしかかる。◆長野県では2008年に遮断機のない踏切で、中1男子が列車にはねられ死亡した。母親は遮断機があれば息子の命は助かったとして、JR東日本を相手取り、裁判を起こしている。だが「十分に安全確認せず、踏切を渡った人が悪い」そんな世間の偏見に苦しむ。踏切遺族の会の代表、加山圭子さんは、2005年東京都の踏切で母を亡くした。以来、事故根絶を目指して精力的に活動。事故が起きた全国各地の踏切に出向き、過去に死亡事故が起きた東広島市の踏切も視察した。国交省では、原則5人以上が死亡しないと運輸安全委員会を設置しない。現在は国交省へ「事故の調査対象を緩めるよう」求めている。◆再び悲劇が起きた無連地第2踏切。JRや行政の対策は果たして十分なのか。専門家の意見も踏まえながら、踏切の安全対策のあり方を考える。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組
出所と再犯 誰が「更生」を担うのか―

刑務所で刑期を終えた受刑者は、年間3万人近くが出所し、社会に戻っている現実がある。しかし出所に関する情報は制限され、公に報道されることはほとんどない。そのため、元受刑者の存在は地域の身近な問題として認識されていない。国が新たに導入した様々な受刑者支援の現場を取材し、元受刑者や受け入れ先である地域社会の実情に迫り、再犯防止を現場目線で検証。今後への新たな課題を探る。◆2012年夏、愛知県蒲郡市の路上で女性が暴行される事件が起きた。容疑者の男は自ら交番に駆け込み、傷害容疑で逮捕された。男は15年前の1999年、愛知県西尾市で女子高生が殺害された「西尾ストーカー殺人事件」の加害者だった。事件当時17歳、殺人の罪に問われ10年間服役。出所後の再犯だった。刑務所に収監される直前、男は面会取材に応じ、「出所しても行くところがないので、どこも保護してくれなければ、また事件を起こすと思う」と述べた。◆長期間の服役が逆に社会復帰を妨げているのではないか。今、再犯を防ぐため、刑務所ではなく、社会に「居場所」を作ろうという支援対策が行われるようになってきた。左手と左足の麻痺という身体障害を持つ23歳の男は、タクシーの無賃乗車という再犯を起こし、懲役10ヶ月の刑期を終えて出所。障害者のための就労移行支援事業所で新たな一歩を踏み出したが…。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組

Copyright Broadcast Programming Center of Japan.