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テレビ番組

春想 ~託された命の点字~

番組ID
210646
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放送日時
2015年09月02日(水)21:00~21:54
時間(分)
46
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー
放送局
琉球放送(RBC)
製作者
琉球放送(RBC)
制作社
琉球放送(RBC)
出演者
ナレーション:宮城さつき
スタッフ
CA:照喜名将、テロップ:與那嶺千枝、テロップ:比嘉梢、撮影:島袋賢、編集:島袋賢、取材:照屋信之、構成:照屋信之、プロデューサー:與那覇博明
概要
1968年8月15日、東京・目白にある陸橋「千登世橋」から投身自殺した青年がいた。早稲田大学4年生、沖縄出身で全盲の真喜屋実蔵だった。◆戦後、9歳の時に不発弾の爆発により失明した真喜屋は、盲学校で点字を習得し、多くの文学作品を吸収した。志望する早稲田大学で点字受験が特別に認められ、見事入学を果たすが、点字教科書は皆無であった。彼の勉学を支えた同級生の塩谷治さんは、ボランティアを募って点字教科書の作成に取り組む。しかし、学業の困難を克服することはできなかった。留年し、精神的に追い詰められた真喜屋は、「終戦の日」を選んで自ら命を絶った。◆真喜屋の自殺は、塩谷さんの人生に大きく影響した。塩谷さんは盲学校の教師となり、30年勤め上げた。そして定年退職後、がんで余命を宣告される。塩谷さんが残りの人生でやり残した事…それは、真喜屋から生前に託された詩や短歌を世に送り出すことだった。◆戦後の不条理に朽ちた一人の文学青年の死。番組は、真喜屋実蔵の死が数奇な運命となって今に結実する軌跡を、関係者の証言を通して描いていく。同時に、真喜屋が書き残した詩や短歌の背景に迫る。RBC戦後70年特別番組「戦後70年の地平から」第3部。

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