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テレビ番組

遺骨のゆくえ ~孤立社会の道しるべ~

番組ID
210379
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放送日時
2015年05月28日(木)00:35~01:35
時間(分)
47
ジャンル
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ドキュメンタリー
放送局
富山テレビ放送(BBT)
製作者
富山テレビ放送(BBT)
制作社
富山テレビ放送(BBT)
出演者
ナレーター:矢野美沙
スタッフ
構成:石井彰、撮影:大江穣介、撮影:尾家輝保、撮影:小島崇義、撮影:宮田博之、撮影:大上戸里沙、撮影:波房恵樹、美術:右近千代美、取材:齊藤歩、MA:葛誠司、ディレクター:寺崎裕彦、プロデューサー:小島裕一、制作統括:奥田一宏
概要
行き場を亡くした遺骨が全国から集まる寺がある。富山県高岡市にある日蓮宗の古刹、大法寺。小包で毎週のように送られてくる白い箱。その中に「遺骨」は入っていた。なぜ全国から、それも宅配便でこの寺に遺骨が集まってくるのか。取材を進めていくと、社会との関係性が希薄になった高齢者が増加している事実を目の当たりにする。中には血縁があっても遺骨を引き受けたくない、また受け入れられないという複雑な家庭環境も見え隠れする。せめて地元だけでも身寄りのなくなった高齢者のケアをできないか。栗原啓允住職が中心となり、高齢者の身の回りの世話から、終焉までを世話するNPO組織を立ち上げた。NPOが身元引受人となることで、身寄りが無い高齢者が施設に入居でき、生きる気力を取り戻したケースや、精神疾患の男性が療養の末、社会復帰に至るケースなどを取材する。高齢化社会と叫ばれて久しい昨今、誰しもに訪れる「死」という現実に対し、私たちは、どのような準備と覚悟が必要なのだろうか。第24回FNSドキュメンタリー大賞・特別賞受賞作品。

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