テレビ・ラジオで放送された番組・CM4万本以上を視聴できるほか、展示やイベントを通じて放送の今と昔を学べます。 入館無料

tv
テレビ番組

ひろしま百景 ~被爆70年・奇跡の街~ 広島の天使

番組ID
208895
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2015年07月07日(火)22:54~23:00
時間(分)
3
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー
放送局
テレビ新広島(TSS)
製作者
テレビ新広島(TSS)
制作社
テレビ新広島(TSS)、TSSプロダクション
出演者
スタッフ
プロデューサー:横井利行、ディレクター:清水正義、ディレクター:山下剛史、音響効果:広瀬康詞、カメラ:大原英二、編集:大原英二、企画:吉村美紀
概要
原爆投下から70年。広島に残されている歴史資料(写真・被爆手記・被爆絵画)や当時の映像資料を使いながら、奇跡の街の復旧・復興を紹介するミニ番組シリーズ。未曾有の惨禍と恐怖の中、我々の想像をはるかに超える力を発揮した人々の姿を伝える。◆爆心地に近い広島赤十字病院は、奇跡的に全壊を免れた。広島市内の病院のほとんどが壊滅したことで、広島赤十字病院には被爆直後から多くの負傷者が救護を求めて押し寄せた。そして原爆投下の翌日から、他県赤十字の救護班が順次到着した。救護活動は22日間にわたり、従事した救護員は延べ792人、患者は3万1千人に上った。「目の前に苦しんでいる人がいる。治療するよりほかないじゃないか」(当時広島赤十字病院副院長・重藤文夫)。医師や看護婦たち職員は、この最悪の事態に決して屈せず、治療し続けた。

同じ年代の公開番組

語り継ぐ…戦後70年愛媛の記憶

戦後70年という月日は私たちにとって何を意味するのか。その時を生きた人々が語る貴重な証言から考える。みんなのニュースえひめスペシャル。◆「物がない日常の記憶」:太平洋戦争を10代という多感な年頃で過ごした女性たちに、当時のリアルな日々の生活について聞く。そして満足に食べることもままならなかった戦時中の食事を、記憶をたよりに再現してもらう。◆「松山空襲、戦禍の記憶」:1945年7月、愛媛県内最大の空襲となった松山空襲。当時15歳だった中山淳さんは兄弟の手を引いて走り、水田のあぜ道で難を逃れた。この時の米軍の作戦任務報告書には、最大限に破壊効果が得られる爆弾の量や破壊率などが詳細に記載されていた。松山は2時問で焼き尽くされ、中山さん曰く「音さえも燃えた」という。◆「練習台にされた町の記憶」:原爆が投下される直前の1945年7月。愛媛県東部の工業都市・新居浜に2発の模擬・原子爆弾が投下された。米軍はこの模擬原爆を全国49ヵ所に投下し、集めたデータを元に広島・長崎への原爆投下を決行した。◆「物言わぬ爪痕が刻む記憶」:戦闘機や偵察機などの飛行機を敵の空襲から守るために作られた掩体壕。元海軍航空兵の杉野富也さんは、日々死を覚悟しながら戦いの空へと飛び立った一人だ。旧松山基地の掩体壕を「遠い空で死んでいった仲間の墓標として残してもらいたい」と話す。◆「記憶を平和へ語り継ぐ」:愛媛県東部の商業都市・今治市で10歳の時に終戦を迎えた新居田大作さんと、現在「平和学」の授業で戦争について学ぶ大学生・清水里紗さん。二人の交流の中で悲惨な戦災体験が昨日のことのように語られる。時間の限り伝える努力をしたいという新井田さんの話は、清水さんの心境を「想い」から「行動」へと大きく変化させていく。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組
日本!食紀行 日本一小さなワイナリー! 自給自足シェフの挑戦

青森県弘前市にあるイタリア料理店「オステリア エノテカ ダ・サスィーノ」。オーナーシェフの笹森通彰さんの一日は、自宅の隣にある農園の収穫作業から始まる。ハーブだけでおよそ10種類。他にもレタス、コールラビ、ズッキーニなど、たくさんの野菜を育てている。料理に使う卵は全て農園で育てている烏骨鶏のもの。笹森さんは幼い頃から、実家で飼っていた烏骨鶏の卵を食べて育ったと言う。笹森さんにとって農業は常に身近にあったものだ。◆笹森さんは7年前、100本の葡萄の木を植え、ワイン造りに挑戦し始めた。その理由は、自家製の生ハムやチーズに合わせるワインを作りたいから。「自家製」にこだわるからこそ、自然に辿り着いた目標だった。2013年の葡萄は、天候の影響で最悪の出来。それでも笹森さんは諦めない。2014年、自宅から歩いて5分ほどの所に新たに1ヘクタールの畑を購入し、900本の苗木を植えた。収穫できるのは早くても3年後。笹森さんは夢に向かって邁進する。◆そして2014年の秋、自宅そばの葡萄畑は収穫期を迎える。果たしてその出来は…。18か月間に渡る長期取材で自給自足100%を目指す笹森さんに密着し、目指す未来に学ぶ。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組
日本のチカラ ドカヘリにかける ~オーダーメード・ドローンの挑戦~

いま何かと話題の「ドローン」。搭載した小型カメラで撮影する、なめらかで迫力ある映像は、最近よくテレビでも見かけるようになった。「物資の輸送」や「災害時の救助作業」なども期待され、今、全世界が注目している。そんな中、どんな用途のドローンでも注文主のオーダーに応え、ゼロから作り上げてしまう会社が、山梨にある。社員10名の「サイトテック株式会社」である。現在、全国から注文が殺到している。彼らの作るドローンは、建設現場や道路の点検に特化したもので、愛情を込めて『ドカヘリ』と呼んでいる。戦後の高度成長期に作られた建設物や道路などの巨大なインフラは、老朽化が進み、今後、その点検や対策が大きな社会問題となることが予想される中、このドカヘリに期待がかかっている。驚くのは、まったくの素人からのスタートだったこと。開発中に落とした機体は100機以上。損失額は2000万円を超えたと言う。なぜ、ここまで成長できたのか。彼らの挑戦を追った。そして、彼らの考えるドローンの運用に対する大胆な秘策を紹介する。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組
FNSドキュメンタリー大賞 生ききる 患者の死と医者の生き方

新潟県上越市にいる風変わりな医師・平原克己さん。地域唯一の診療所を運営しながら、100人近くを在宅で診療している。自由気ままな一方で、患者の心と身体を第一に考えるまっすぐな医者だ。これまで在宅で看取った患者は約200人。24時間365日、呼ばれれば必ず向かう姿勢に患者も信頼を寄せている。◆患者のひとり、室井敏夫さん夫婦はこどもがおらず、老老介護。それでも自宅にいたいという夫・敏夫さんのために、妻・キチヨさんは献身的に看病を続ける。訪問看護や訪問介護を利用しながらの夫婦二人三脚の日々は、「闘病」ではなく「日常」であった。◆胃がんと認知症の大平タマオさん。高齢のため、がんの進行はほとんど見られない。予後に影響するのは、ゆるやかに進行する認知症。食欲旺盛なタマオさんだが、日常的な動作が困難になっていくことが予測される。意識が低下し、食べることができなくなったら…。家族は難しい選択をしなければならない。◆若くしてガンを患い、最期の時を自宅で過ごすと決めた石田善彦さん。遠く離れた子供や孫たちも、頻繁に実家に戻って励まし続ける。石田さん本人と家族が、少しずつ死を受け入れていく姿は、逆に生きる喜び、家族の絆を物語っていた。番組では、平原医師と患者・家族の日常を追い、「死」から見える「生」を考える。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組

Copyright Broadcast Programming Center of Japan.