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テレビ番組

シリーズ輝石の詩 解体新書を描いた男 秋田蘭画と小田野直武

番組ID
207247
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放送日時
2012年11月03日(土)14:00~14:55
時間(分)
47
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー
school
教育・教養
放送局
秋田朝日放送(AAB)
製作者
秋田朝日放送(AAB)
制作社
秋田朝日放送(AAB)
出演者
スタッフ
撮影:金内俊克、撮影:外舘大輔、撮影:佐々木祐介、撮影:滝田裕紀、撮影:保坂健一郎、撮影:藤原峰、音声:大河内健洋、音声:高橋雄大、音声:佐藤見、音声:五十嵐真人、照明:菊地肇、タイトル:伊藤文佳、MA:浜元瑞樹、音響効果:田口恭平、取材:山崎宗雄、構成:山崎宗雄、編集:藤原峰、映像効果:藤原峰、企画:山崎宗雄、演出:山崎宗雄
概要
およそ200年前の江戸時代中期。25歳の青年絵師・小田野直武は、平賀源内にその才能を見出され、みちのくの小京都・角館から江戸に向けて一人旅立った。江戸に出た直武は、西洋の新しい絵画表現を取り入れた“秋田蘭画”と呼ばれる作品を数多く描き、主君・佐竹曙山とともに日本洋画の先駆けとなった。同時に直武は、本邦初の本格的解剖書「解体新書」の挿絵画家としても後世に名を残している。しかし、その華々しい業績とは裏腹に、直武は“国元遠慮”を申し付けられたまま、32歳の若さで短い生涯を閉じた。時は安永、田沼意次が威勢を誇った時代。日本は鎖国の真っ只中にあった。◆源内によれば、当時の秋田は“甚だ手広なる事にて御座候得ども、未開之国にて御座候得処”だったという。なぜ“未開之国”から、日本洋画の先駆けになった秋田蘭画の花が開き、当時の先端医学書に携わる人物を輩出できたのか。直武と秋田蘭画、そして「解体新書」にまつわるミステリーを解き明かしていく。シリーズ輝石の詩・file7。秋田朝日放送開局20周年記念番組。

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