テレビ・ラジオで放送された番組・CM4万本以上を視聴できるほか、展示やイベントを通じて放送の今と昔を学べます。 入館無料

tv
テレビ番組

日、出づるところへ 坂本サトルが歩いた被災地

番組ID
207212
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2012年05月26日(土)16:00~16:55
時間(分)
48
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー
music_note
音楽
放送局
青森放送(RAB)
製作者
青森放送(RAB)
制作社
青森放送(RAB)
出演者
坂本サトル、ナレーション:秋山博子
スタッフ
カメラ:藤田裕一、音声:脇坂幸司、音声:奈良豪人、照明:飛内雄二、音楽:田中斉、ディレクター:坂本公二、ディレクター:小山田文泰、プロデューサー:橋本康成
概要
青森県南部町出身のシンガーソングライター、坂本サトル。2011年3月の震災直後、青森県内にいた坂本が目にしたのは、変わり果てた東北各地の姿。東北を拠点に音楽活動を続けてきた彼は「何か自分に出来ることはないか?」と悩み続けた。そして、東日本大震災被災地支援イベント「日、出づるところへ」を開催。このイベントで集まった募金を、自らの足で届けることを思い立った。◆坂本は集まった募金を元に福島、宮城、岩手の各避難所に支援物資を届ける活動を始める。さらに現地からの強い要望もあって、避難所ライブも各地で開催。活動はそのまま「歌を届ける旅」となっていった。番組では、彼がホームページ上のブログでしたためた「活動報告」を中心に、ミュージシャン・坂本サトルが見た被災地の記録をつづり、伝える。

同じ年代の公開番組

FBCスペシャル2012 待ち遠しき春 ~放射線からこの子の未来を守りたい~

福島第一原発事故はそこに暮らす人々から当たり前の日常を奪った。2011年12月、政府は冷温停止状態を宣言したものの、ふるさとに安心は戻らない。◆福井市北西部に位置する殿下地区。福島から遠く離れたこの山間の小さな町で、ひとりの少女が暮らしている。2011年9月に福島県南相馬市から転校してきた小学6年生の女子。両親は仕事で福島を離れられず、ひとりきりのホームステイだ。「娘の健康には代えられない…」。家族がそろうのは1か月に一度だけ。こみ上げる寂しさにつぶされそうになる時もある。「お母さん今日の調子はどう?」。事故後に初めて手にした携帯電話でメールを送る。◆あの日まで通っていた福島の小学校は、隣町の仮設校舎で授業を続けていた。約200人いた児童の数は半分以下にまで減った。繰り返される除染。それでも目に見えぬ放射能への不安は消えない。「原発事故さえなければ…」。◆当初予定していた避難のめどが近づいていた。ようやく慣れ始めた殿下での生活に、温かく迎えてくれた地区の人たちの顔が浮かぶ。「春休み 終わるとちがう 春が来る」。12歳の少女は必死に前を向こうとしていた。卒業の春、彼女はひとつの大きな決断をする。番組では、200日間の密着を通して、原発事故の現実に目を向ける。


cinematic_blurドキュメンタリーondemand_video報道・時事tvテレビ番組
SBCスペシャル 遼太郎のひまわり 日中友好の明日へ

日中国交正常化から40年。ある帰国者家族を通して日中友好の在り方を考える。◆小学校教諭の大橋春美さんは、中国残留日本人の父と中国人の母を持つ帰国者2世。長野県豊丘村で中学一年生の息子・遼太郎くんと暮らしている。「戦争がなければこの世に生を受けることはなかった」、自らの存在そのものへの不条理、その苦悩は今も消えない。中国では日本人の血を引く故に侵略の責めを負わされ、日本では中国人の血を引く故に蔑まれ、生きてきた。◆5年前、中国の大学院で学ぶ機会に恵まれ、親子で3年間滞在した。現地の小学校に通った遼太郎くんはただ一人の日本人で、中国の歴史教育のなかで傷つく場面もあったが、親友を得て交流を深めてきた。豊丘村の自宅の庭で大切に育てているひまわりは、中国の先生や友だちとの友情の証である。春美さんは、子どもたちが育む絆こそが、友好の時代への礎だと信じている。◆この夏、親子は中国の生まれ故郷や戦跡を訪ねた。戦争と友好を見つめる旅である。二人は戦争の歴史とどのように向き合ったのか。そしてどのように未来への希望を見出していくのか。帰国者の戦後史を辿りながら、これからの日中友好を見つめる。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組

Copyright Broadcast Programming Center of Japan.