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テレビ番組

NNNドキュメント’11 3・11大震災シリーズ3 それでも生きる 大震災…終わらない日々

番組ID
206963
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放送日時
2011年04月25日(月)00:50~01:45
時間(分)
46
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー
ondemand_video
報道・時事
放送局
日本テレビ放送網(NTV)
製作者
日本テレビ放送網(NTV)、テレビ岩手(TVI)、宮城テレビ放送(MMT・ミヤギテレビ)、福島中央テレビ(FCT)
制作社
日本テレビ放送網(NTV)、テレビ岩手(TVI)、宮城テレビ放送(MMT・ミヤギテレビ)、福島中央テレビ(FCT)
出演者
ナレーター:槇大輔
スタッフ
構成:千野克彦、撮影:谷藤修二、撮影:柳田慎也、撮影:小向伸、撮影:佐藤佑、音声:工藤伸也、EED:近藤雅明、編集:田中理絵、編集:寺嶋和弘、ミキサー:浜口崇、音響効果:番匠祐司、広報:永井晶子、デスク:小野裕子、ディレクター:菊池健、ディレクター:岳野高弘、ディレクター:佐々木博正、ディレクター:瀬戸雄二、プロデューサー:遠藤隆、プロデューサー:杉本敏也、プロデューサー:小林典子、プロデューサー:加藤就一、プロデューサー:渡辺司、プロデューサー:日笠昭彦
概要
発生から1か月以上が過ぎて、なお被害の全容が見通せない東日本大震災。甚大な被害を受けた東北各県の系列局と日本テレビが取材を続けてきた被災者の、その後を伝える。4局共同制作でおくる55分枠。◆大津波にのまれながら、九死に一生を得た女性と息子。妻と幼子を亡くしながら、被災者と向き合う男性。原発の町で生まれ育ち、原発事故で流浪する男性。そして1か月がたち、新たに避難しなければならない畜産農家の苦悩。復興という言葉が語られ始めたものの、彼らはそのとば口にいるに過ぎない。大地震、大津波、原発事故は余りに多くのものを奪い、そして今も被災者を苦しめている。終わらない日々が続く中、誰もが悲しみを飲み込んで、それでも生きる…その姿を伝える。
受賞歴
ギャラクシー賞(第49回報道活動部門選奨)

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原発水素爆発 わたしたちはどう伝えたのかⅡ

2011年3月11日に発生した東日本大震災で、福島県は最大震度6強の激しい揺れと直後の大津波に見舞われ、甚大な被害を受けた。中でも、全交流電源を喪失した東京電力福島第一・第二原子力発電所については、政府から非常事態宜言が出された。◆12日午後3時36分、津波被害を伝えていた福島中央テレビのニュースセンターに、「煙!」の声が響いた。福島第一原発を捉え続けていた定点カメラからの映像を見ると、1号機一帯が大きな煙に包まれていた。VTRを巻き戻してみると、明らかに爆発しているのが見えた。しかし、その煙が何なのか、放射性物質は含まれるのか、東京電力や国、県に問い合わせても、事態をまったく把握していなかった。◆映像以外にまったく情報がない中、この危機を福島県民にどう伝えるべきか。ニュースセンター内は苦悶しながらも、4分後に全国放送に割って入る形で、県内向け緊急放送を始めた。原稿はない。「見たままをしゃべれ、爆発というな」という指示に、アナウンサーは言葉を慎重に選びながら、約8分間、緊急放送を続けた。1時間後の全国放送で「この事態を初めて知った、テレビ以外の情報はなかった」と菅直人前総理も認めた。「水素爆発」との発表があったのは、爆発から5時間後だった。◆14日以降、福島第一原発3、2、4号機の爆発が相次ぎ、放射能に対する福島県民の不安がピークに達した。その一方、ガソリンや水、食糧の不足が深刻となる中、福島中央テレビは取材規制エリアを当初の半径30キ口から40キロ圏外へと拡大するなど、いくつかの方針を決めた。それが正しかったのか、今もわからない。ただ、「30キロ圏内には屋内退避している住民がいるのに」と、多くのスタッフがその後も負い目として抱え続けたことは間違いない。さらに、原発から離れた地域の視聴者からも「助けてください」「本当のことを放送して」などのメールが相次いだ。◆震災発生から9か月。未曾有の大震災と原発事故の報道がどうであったのか。福島中央テレビは地元の放送局として何ができ何ができなかったのかを自己検証し、被災地域のメディアとして震災2年目に向けた課題を考える。


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