テレビ・ラジオで放送された番組・CM4万本以上を視聴できるほか、展示やイベントを通じて放送の今と昔を学べます。 入館無料

tv
テレビ番組

シゴトの夢 コトバの壁 ~誕生!外国人介護士~

番組ID
204896
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2009年05月23日(土)10:25~11:20
時間(分)
47
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー
放送局
ABCテレビ(朝日放送)
製作者
ABCテレビ(朝日放送)
制作社
ABCテレビ(朝日放送)
出演者
ナレーター:宮崎美子
スタッフ
撮影:唐澤育夫、撮影:柳瀬裕子、音声:上村真司、音声:谷岡真琴、編集:山本亮、MA:前田陽一、EED:古賀喜和、EED:角野靖明、コーディネーター:小松邦康、ブレーン:桑原尚志、通訳:松田鮎美、通訳:穴井良子、ディレクター:唐澤育夫、プロデューサー:今村俊昭、プロデューサー:田中徹
概要
2008年、日本の介護現場が初めて外国人労働者に門戸を開き、104名のインドネシア人がやって来た。人材不足に喘ぐ施設で、高齢者を支える新しい力として期待される。慣れない土地で言葉の壁に挑む彼らの姿を追う。◆奈良県にある介護施設では、数年前から人材確保の一策として外国人職員の受け入れ準備を始めていた。そして2009年1月、ディディさんほかインドネシアの若者を現場に迎えた。彼らは日本語の研修を経てきたが、やはり仕事の現場では言葉の苦労が絶えない。先輩職員から介護技術を学びつつ、日本語を習得していく。更にディディさんたちの前には「国家試験」が立ちはだかる。厚生労働省はインドネシア人に介護福祉士の国家資格の取得を日本滞在の条件にしたのだ。チャンスは3年後の一度だけ。試験に失敗すれば帰国するしかない。ディディさんたちと介護施設の大きな挑戦が始まる。

同じ年代の公開番組

ロンドンハーツスペシャル 50年に1人の勘違い男 ボク芸人やめますSP / テレビ朝日開局50周年記念・50時間テレビ

「テレビ朝日開局50周年スペシャル・10DAYS・50時間テレビ」としておくる、「ロンドンハーツ」スペシャル第1部。MCはロンドンブーツ1号2号。◆芸能人の寝起きを襲撃し、反応を見る「すっぴんズームイン!!朝」。続いては、ロンドンハーツ恒例のドッキリ企画「50年に1人の勘違い男・ボク芸人やめますSP」。ターゲットは“イケメン芸人”狩野英孝。以前のドッキリのときに、狩野が仕掛け人の女性グラドルに歌って聴かせ、周りをドン引きさせた名曲(迷曲?)「涙」。あの曲を聴いたロンブー淳が開局50周年にふさわしい大型ドッキリとして考えたのが、狩野英孝のCDアルバム発売だった。◆これまでに周囲にも「CDを出したい」ともらしてきた狩野。本人は歌唱力など相当イケていると思っている様子。この企画を実行するために、淳は実在するレコードレーベルの協力を取り付け、狩野本人にCDリリースのオファーをしてもらう。狩野自身も念願のCD発売とあって非常に乗り気。曲作りからレコーディング、PV撮影、そしてプロモーションとして大物ミュージシャンとの対談、さらには1000人の観客を呼んでのライブ開催まで、ガチンコで企画は進んでいく。


groups芸能・バラエティーtvテレビ番組
SBCスペシャル 残された刻 満州移民 最後の証言

多くの命が奪われた満州移民とは何だったのか。戦争体験者が高齢化するなか、その体験をどのように伝えていくのか。人々や家族にとって、未だあの戦争は終わっていない。体験者の直接証言を得られる最後の機会を迎えた今、終戦間際の1944年に渡満し、95人のうち74人が集団自決などで亡くなった河野村開拓団(現:豊丘村)の軌跡を、証言と資料で辿る。◆長野県は、全国で最も多くの農業開拓者や青少年義勇団を満州に送り出したが、一番多く送出した下伊那地方では、体験者の証言が得られる「今」、聞き取りによってその歴史を検証する取り組みが続いている。満州移民は、中国の植民地支配を目的に、ソ連国境の防衛と食糧増産を進める国策だった。しかし、終戦間際にはすでに行き詰っていた。そのなかで、なぜ、河野村は国策に呑みこまれていったのか。当時の村長の日記から、その複雑な経緯が見て取れる。現在、開拓団の生存者は僅かで高齢である。79歳の久保田さんは、集団自決した団員と行動をともにして生き残り、当時の状況を知る唯一の人物である。そのときの様子は、60年余りが経った今も忘れることができないという。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組