テレビ・ラジオで放送された番組・CM4万本以上を視聴できるほか、展示やイベントを通じて放送の今と昔を学べます。 入館無料

tv
テレビ番組

クイズプレゼンバラエティー Qさま!!CLASSIC! / テレビ朝日開局50周年記念・50時間テレビ

番組ID
202935
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2009年02月02日(月)23:15~00:10
時間(分)
45
ジャンル
sports_esports
クイズ・ゲーム
groups
芸能・バラエティー
放送局
テレビ朝日(EX)
製作者
テレビ朝日(EX)
制作社
テレビ朝日(EX)
出演者
スタッフ
企画:平城隆司、構成:鈴木おさむ、構成:樋口卓治、構成:佐藤俊明、構成:林賢一、構成:渡辺アツシ、技術:品本幸雄、SW:渡邊良平、カメラ:石渡剛、カメラ:太田憲治、照明:菅原祐、映像:依田摂子、音声:新井八月、デザイン:小山晃弘、美術進行:市丸和範、衣装:杉崎康夫、編集:小原洋一、MA:中野亮一、音響効果:波多野精二、TK:村田理実、ヘアメイク:斉藤ヒロハル、スタイリスト:高村純子、スタイリスト:石村英理、編成:松野良紀、宣伝:蓮実理奈、宣伝:望野智美、デスク:安江香織、Web:河地華南子、制作:長崎玲史、制作:橋田裕元、総指揮:大阿久知浩、制作:樋口玲、制作:小杉喜友、制作:岡村学、制作:秋津貴宣、制作:柳川邦顕、AP:増村紀男、AP:出口陽子、AP:伊部千佳子、AP:渡辺章太郎、AP:久野木麻子、AP:恒川潤、ディレクター:金丸貴文、ディレクター:大澤宏一郎、ディレクター:大谷真也、ディレクター:本部純、ディレクター:遠藤由一郎、ディレクター:田中元基、ディレクター:辺見敏章、ディレクター:池上健介、スーパーバイザー:河口勇治、プロデューサー:樋口圭介、プロデューサー:永田克弘、チーフプロデューサー:奥川晃弘、演出:奥川晃弘
概要
「テレビ朝日開局50周年スペシャル・10DAYS・50時間テレビ」としておくる、さまぁ~ず・優香の「Qさま!!CLASSIC!」。視聴者のリクエストに応えて「Qさま!!」の懐かし名物企画が復活。プレゼンターが体を張って作った爆笑VTRを紹介した後、プレゼン・クイズの出来を、ゲストと優香が○×で審査する。◆「芸能界チキンNo.1決定戦2009・10m高飛び込み!一番の臆病者は誰だ!?」:髭男爵・山田ルイ53世、オードリー・春日俊彰、ザ・パンチのパンチ浜崎ら、勢いのある芸人たちが、10メートルの高さから飛び込むまでのタイムを競う。◆「ニセ温泉はどれだ!?2009・真冬の雪景色編」:厳寒の雪景色の中で、入浴する3つのうち1つはニセ温泉(冷水風呂)というロケを敢行。アンタッチャブル山崎のリアクションやヒントVTRを見て、本物か演技かを当てる。

同じ年代の公開番組

テレメンタリー2009 よみがえれ 秘湯の宿 ~栗駒五湯復活にかける主たち~

2008年6月の岩手・宮城内陸地震で大きな被害を受けた栗駒山の温泉郷。温泉宿は山懐に抱かれていたが故に、土石流に飲み込まれ、土砂ダムに沈んだ。重要な観光資源だった温泉の復興は地域再生の鍵を握っている。「みんなで力を合わせて復興しよう」。5つの温泉宿の主たちは「栗駒五湯復興の会」を結成し、動き出した。◆130年あまりの歴史を持つ湯浜温泉「三浦旅館」。全国のファンに愛されてきた「ランプの宿」は、命とも言える源泉が枯れた。主の三浦治さんは一時帰宅のたびに源泉探しに奔走する。「ランプの灯りを消してはいけない」困難に直面してもなお募る思い。心の中のランプは灯されたままだ。元国鉄マンの菅原次男さんが経営する新湯温泉「くりこま荘」は天井が抜け落ちた。修復には1000万円かかるが、高齢の菅原さんにとって資金繰りは苦しい。土石流に飲み込まれ死者、行方不明者を出した駒の湯温泉。菅原昭夫さんは自責の念にかられ、一時は廃業も口にした。◆被害の程度や境遇はそれぞれ異なるが、温泉を復活させたいという思いは全員共通だ。すべてを奪い去った大地震から1年。主たちは地震とどう向き合ってきたのか。秘湯復活にかける主たちの1年を追う。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組
FNSドキュメンタリー大賞 ―なぜ息子が― 失われた命 踏み出した一歩

2007年9月、佐賀市の国道。安永健太さん(25歳)が自転車で車と車の間を縫うように蛇行運転していたとして、巡回中のパトカーが健太さんを呼び止めた。知的障害のある健太さんは、授産施設からの帰宅途中だった。暴れた健太さんを警察官がうつ伏せにし、そして…健太さんは直後に死亡した。警察は「知的障害者とわからなかった」。◆健太さんが亡くなる一年前、障害者が地域で安心して暮らせる社会の実現を目指すとした障害者自立支援法が施行されていた。施設から地域に活動の場を広げようとするなか、「障害者を世間に出すな」という非難の声。「地域のなかで生活させてあげたい」切なる親の願いと現実とのギャップに対し、一体どうすればいいのか。◆父、知的障害者の保護者、施設を運営する人たちに、大きなショックと苦悩をもたらした健太さんの死。佐賀にとどまらず、全国に波及していった。そして遠くから届いた「SOSボード」(パニックになった知的障害者への接し方を記す)は、一筋の光をもらたした。それは東京都町田市に住む知的障害のある子どもの母親が健太さんのことを知り、手弁当でつくって市内に配ったもの。「健太さんは私の息子によく似ています。死は無駄になっていませんよ」と。二度と繰り返さないために、苦しみながらも前向きに踏み出す人たちの1年半を追う。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組
ムーブ 凍土に棄てられて ~シベリア抑留 終わらない戦後~

1945年8月、日本に宣戦布告したソ連は、旧満州などにいた日本人をシベリアに抑留した。「朝起きたら、戦友が死んでいるのです」こう語るのは、鹿児島県に住む川畑正美さん。3年近く、シベリアに抑留された川畑さんは、「シベリア抑留」について国の責任を問う国家賠償訴訟に参加している。◆国家賠償を問う原告の中にもう一人の鹿児島出身者がいる。垂水市出身の石元砂雄さんだ。「生きている間に国の責任を問いたい」と訴訟に参加した。日本政府は、慰藉(いしゃ:なぐさめいたわる事)の念を表す為に、10万円分の特別慰労品を渡す事業を行ったものの、抑留者への謝罪と補償は拒んでいる。「この歳になって時計なんて売るほど持っていますよ。誰のための事業なのでしょう」と語る石元さんは、自らの受け取った旅行券を金券ショップで現金に変えて、訴訟費用にあてている。◆判決が出る際は、大阪へ行こうと考えている川畑さんも「金ではないのです。生き残りも少ないし、謝罪の言葉をききたいだけです」と話す。平均年齢85歳をこえるという抑留者たちに残された時間は少ない。果たして、彼らに救いの手はさしのべられるのだろうか。およそ9万人といわれる抑留者たちの戦後を描く。「JNN九州沖縄ドキュメント・ムーブ」。 


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組

Copyright Broadcast Programming Center of Japan.