テレビ・ラジオで放送された番組・CM4万本以上を視聴できるほか、展示やイベントを通じて放送の今と昔を学べます。 入館無料

tv
テレビ番組

ドリーム☆アゲイン〔10・終〕

番組ID
200727
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2007年12月15日(土)21:00~21:54
時間(分)
46
ジャンル
recent_actors
ドラマ
放送局
日本テレビ放送網(NTV)
製作者
日本テレビ放送網(NTV)
制作社
日本テレビ放送網(NTV)、アベクカンパニー
出演者
スタッフ
脚本:渡邉睦月、撮影:岡田博文、照明:竹田宏幸、音声:金泉直樹、技術:古川誠一、編集:新井孝夫、美術:乾友一郎、音響効果:阿比留奈穂子、音響効果:白石めぐみ、音楽:水谷広実、制作:次屋尚、演出:中島悟
概要
肩を痛めて引退したプロ野球選手・小木駿介は、諦めきれずに球界復帰を決意したとたんにあっさり死亡。神様のはからいで別人の体に魂を戻してもらえることとなったが、体の持ち主は若きファンドの社長・朝比奈。会社経営のことも株のこともわからず、もとの恋人・さつきにも会えず、おまけに妙な少女・雛につきまとわれる彼は、それでもプロ野球復帰をめざす。(2007年10月13日開始、全10回)◆巨人軍プロテスト二次の当日、元気だった雛が発作を起こして倒れた。動揺する朝比奈(=駿介)。一方さつきは、朝比奈がかつての恋人・駿介であるという決定的証拠をつかんで、思い悩みつつも合格を祈りテスト会場で彼を待つ。しかし、雛の容体は急激に悪化、駿介は“覚悟”を決める。

同じ年代の公開番組

TSBネイチャードキュメント 里山大回廊をゆく 第2集 新野の里に神々が帰る日

長野県阿南町新野地区。8月の盆踊りと1月の雪踊り。いずれも夜を徹して踊り明かす全国的にも珍しい行事を受け継ぐ。中でも800年もの歴史がある雪祭りは、観光客、盆踊りのために里帰りする若者たちで、小さな盆地の人口は数倍にも膨れ上がる。◆雪祭りの舞手は最高の栄誉(くじ引きで決まる)で、人々は子供の頃から舞いの練習を重ね、祭りの日を待ち続ける。一方、何十年も祭りに関わってきた古老たちは、若い舞手に舞いを伝授することが生きがいにもなっている。◆ベテランの舞手・金田さんは、子供たちにとって憧れの存在。息子も孫も、金田さんの手ほどきで毎年祭りに参加してきた。この年、孫は『幸法(さいほう)』と呼ばれる一番人気の舞の役を射止めようと懸命。もし孫が選ばれれば、親子三代での幸法の舞いが実現する。他の若者や子供たちも、熱い思いで祭りを迎える。そしてくじ引きの結果は…。◆一方、雪祭りで舞った中学生・土屋君は、夏の盆踊りにも関わる。彼はやぐらの上に登って踊り歌を唄う『音頭取り』と呼ばれる役の一人。雪祭りの経験を経て一回り成長した土屋君は、盆踊りを前に小さな計画を進めていた。地域の伝承を一冊の本にまとめたいのだという。◆夏と冬、二つの季節を通して紡がれる『人と人』『人と地域』の姿を新野の盆地に訪ねる。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組
キャッチあいスペシャル 80年 時代をこえた人形愛

「青い目の人形」は1927年、日本に住んでいた宣教師が帰国後に日本の子供たちと人形を通した交流を図ろうとアメリカ全土からボランティアなどで集めたお金で大量購入し、送られたものだ。その数はおよそ1万2千体。◆愛媛県松山市に住む女性が「青い目の人形」の歴史を紙芝居で伝えようと、30年以上前から学校や幼稚園、高齢者施設などを回っている。青い目の人形は、日米友好の証の「親善人形」であり「友情人形」だった。愛くるしい表情の人形たちは、それぞれにパスポートを持ち、はるばる海を渡ってきたのだ。◆しかし16年後の悲劇…太平洋戦争での反米感情の高まりにつれ、人形を焼いたり、槍で突いたりして壊したりする運動が広まった。当時、幼稚園で保育士として働いていた兵庫県在住の女性は、直接に人形処分を言い渡された。小学2年生だった愛媛県在住の女性は、青い目の人形のお礼として、日本からアメリカに贈られた答礼人形の美しさを今でも忘れずに覚えている。◆2007年。人形が日本に贈られて80年。番組では、時代の流れの中で生まれたさまざまなドラマ、そして次の時代にも残しておくべき事実を伝える。戦争という激動の時代を乗り越えた青い目の人形たちは物言わぬ語り部であり、人の愛情や葛藤を通じて「平和の天使」としてのメッセージを送り続けている。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組
NHKスペシャル 鬼太郎が見た玉砕 ~水木しげるの戦争~

妖怪漫画で知られる水木しげるが自らの戦争体験を描いた「総員玉砕せよ!」をもとにしたドラマ。◆昭和46年(1971)、漫画家・水木しげる(香川照之)は「ゲゲゲの鬼太郎」などの執筆で忙しい中、無理やりに休暇をとって、赤道直下のパプアニューギニアを旅した。水木は太平洋戦争中、21歳の時に召集され、南方の激戦地・ニューブリテン島ラバウルに送られた。当時、連合軍に島の半分を占領されて、日本軍の敗色は濃厚。水木二等兵は最前線の小隊に配属され、過酷な戦場を生き抜いた。以来、26年ぶりに踏むニューギニアの大地。そして、これがそもそものきっかけだった。◆昭和47年となり、日々連載の締め切りに追われる水木の周りで奇妙な出来事が相次ぐ。行きもしないレストランから請求書が届き、連れ込み旅館で水木の姿を見かけたと編集者に言われる始末。おまけに水木の行く先々には、夢か幻か、南方の象徴であるハイビスカスの花が咲き誇っている。やがて水木は「何者かに押される形」で、自身の戦争体験を漫画に描き始めた。◆水木は、自らの戦場体験を渾身の力を振り絞って描いた。そして漫画は否応なく、戦友たち皆が玉砕したあの“聖ジョージ岬”へと進んでいく。「総員」が「玉砕」への道に向かわざるを得なかった、あの理不尽な出来事へと…。


recent_actorsドラマtvテレビ番組

Copyright Broadcast Programming Center of Japan.