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テレビ番組

草の根せんせい

番組ID
014371
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放送日時
2004年05月23日(日)16:00~17:00
時間(分)
51
ジャンル
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ドキュメンタリー
放送局
北陸放送(MRO)
製作者
北陸放送(MRO)
制作社
北陸放送(MRO)
出演者
ナレーター:上原一美
スタッフ
題字:野間成之、選曲:横山学、音声:小川小一郎、構成:辻本昌平、撮影:辻本昌平、ディレクター:中崎清栄、プロデューサー:金谷一男、制作:光眞正夫
概要
障害のある人たちが、養護学校を卒業した後もいきいきと暮らせる社会を目指して奮闘するベテラン教諭とその夫、障害児たちとの関わりを描く。◆養護学校のベテラン教諭・野間先生は、障害児の母のような立場であると同時に障害児を持つ母親にとっても母のような存在である。退職後に妻を支えるご主人と一緒に、教え子がトイレで用を足すのに楽なようにとズボンや下着に工夫を凝らす。健常児の前で紙芝居を披露する機会を作り、小さい子どもに慕われる状況を作る。また、ひろびろ福祉会理事長として障害者が働けるひろびろ作業所の運営にも力を注ぎ、運営資金集めに奔走する姿などを追う。
受賞歴
「日本賞」教育番組国際コンクール(第31回教育ジャーナル番組の部優秀賞)

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ふくしまの素顔 鈴木三元 ~日本最古の自転車を製作した男~

鈴木三元は江戸末期の1814年に現在の桑折町の裕福な農家に生まれた。三代目藤右エ門を世襲し、村長などの公職を務めるかたわら、日本三大鉱山の一つに数えられていた半田銀山の経営にもあたっていた。◆時代は明治となり文明開化の時を迎え、人生50年と言われた時代に58歳になった藤右エ門は、名前を年・月・日の始めを意味する「三元」と改名し、将来の交通手段としての乗り物「自転車」の開発を決意する。この改名は「人生何事も始めの心構えが肝心である」という三元の決意の現れであった。◆当時は外国でも自転車の開発が進められていたが、自転車という発想は三元の独自のアイディアであった。しかし、三元はそのための学問を学んだわけでもなく、部品も一から作り出さなくてはならないなど開発は困難の連続であった。それでも心血と私財を投じながら試行錯誤を繰り返し、明治9年(1876年)に三輪自転車「自走車・大河号」を完成させる。その後改良を重ね、明治14年(1881年)に開催された第2回内国勧業博覧会に「三元車」を出品、時の政治家・板垣退助からも激励を受けた。◆その実用化には、製造コストの削減など課題も多く残されていたが、三元は東京に進出し、製造から販売までを手がける賭けに出る。しかし、技術革新の波が押し寄せる中、豊富な資金も底をつき、東京からの撤退を余儀なくされた。かなわなかった三元の夢「自転車」は、その後、大正時代に庶民の足として急速に普及することとなるのである。◆番組では晩年に心血と私財を投じて自転車の開発という夢を追い求めた三元の足跡を辿る。


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