テレビ・ラジオで放送された番組・CM4万本以上を視聴できるほか、展示やイベントを通じて放送の今と昔を学べます。 入館無料

tv
テレビ番組

テレメンタリー’99 希望の丘 ~長崎・原爆ホームの日々~

番組ID
008407
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
1999年08月09日(月)01:30~02:00
時間(分)
25
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー
放送局
長崎文化放送(NCC)
製作者
長崎文化放送(NCC)
制作社
長崎文化放送(NCC)
出演者
ナレーター:有馬瑞香
スタッフ
MA:国末光敏、編集:鴨川栄二、撮影:宮崎勝行、ディレクター:溝田浩司、プロデューサー:古川正臣
概要
長崎市郊外に、高齢の被爆者のための福祉施設・恵の丘長崎原爆ホームがある。入居者の多くは、原爆で家族を失った身寄りのない被爆者だ。悲惨な被爆体験を胸に戦後を生きてきた彼らの平均年齢は82歳。ここは、被爆者の終の棲家でもある。◆7年前に入居した92歳の隈井クサさんは、原爆で夫と生後7ヵ月の長女を失い、戦後は一人で助産婦として身を立てた。平和な世の中に生まれ来る新たな命は、原爆に幸せを奪われた彼女に、明日への希望を与えたのに違いない。今は老い寝たきりの生活を送っている。恵の丘の被爆者は、核兵器のない平和な世の中への希望を信じ、今日も祈り続ける。

同じ年代の公開番組

ふくしまの素顔 大橋哲弥・秀三 ~力織機が生まれた絹の里~

偉人、有名人、人知れずに大事を成し遂げた人など、福島にゆかりある人物の足跡をたどり、その人の業績と人柄を描くシリーズ。◆「川俣の救世主・川俣のエジソン」とよばれた、大橋哲也・秀三兄弟は、明治41年大橋式力機織機を発明、特許を取得、大橋兄弟製作所を設立、その普及に努めた。1400年前、小手姫が養蚕に適したこの地で蚕を飼い糸を紡いで機織りの技術を人々に伝えたという伝説がある川俣町。明治17年、主にハンカチの素材として欧米へ売り込みに成功した頃から開発が進み、手工業に頼っていた機織りが電動化されていった。川俣の機織物の特産品は、「軽目羽二重」といわれるもので動力を利用した機織りには馴染みにくかったが、水力を使うなどの試行錯誤を繰り返しながら動力を使った機械を完成させていった。機屋は、昭和30年半ばから続いた繊維不況で大きく減少したが、現在も約70軒が生産を続けている。哲弥は、大正6年に37歳で、秀三はそののち39歳で亡くなるまで力織機の改良、新機種の開発、販売を積極的に行った。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組