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テレビ番組

ドキュメンタリースペシャル 命を運ぶ電車 ―JR事故4年 父と娘の闘い

番組ID
204908
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放送日時
2009年05月25日(月)02:10~03:07
時間(分)
45
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー
放送局
読売テレビ放送/讀賣テレビ放送(YTV)
製作者
読売テレビ放送/讀賣テレビ放送(YTV)
制作社
読売テレビ放送/讀賣テレビ放送(YTV)
出演者
ナレーター:坂泰知
スタッフ
撮影:西川亮、編集:苧玉和也、EED:中澤丈、音響効果:久保秀夫、MA:久保秀夫、ディレクター:堀川雅子、プロデューサー:阿部裕一
概要
遅咲きの桜が街を彩っていた2005年4月25日午前9時18分頃、兵庫県尼崎市でJR福知山線の車両がカーブで激しく脱線。乗客106人と運転士が死亡、負傷者560人以上の大惨事となった。事故を起こしたJR西日本は事故から3年後に「新安全基本計画」を発表したが、遺族らはJR自らが事故原因を分析し自らの言葉で説明しない限り「真の安全」は実現されないと訴え続けている。◆浅野弥三一さんはその朝、妻の陽子さんと次女の奈穂さんを自宅から送り出した。2人は千葉の親族を見舞うため、弥三一さんの妹・ちづ子さんとともに新大阪駅に向かう途中だった。「桜がきれいやね…」そんなやり取りの先の悲劇。陽子さんとちづ子さんは亡くなり、奈穂さんは全身を車両に挟まれ瀕死の重傷を負った。◆ひとたび起きたら大きな犠牲を生む鉄道事故。しかし、日本では過去の事故の教訓が生かされてきたといえるのだろうか?。1991年5月に起きた「信楽高原鉄道衝突事故」。姉を失った臼井慈華子さんは、福知山線事故遺族らとともに鉄道の安全を求める会の活動に参加している。父の和男さんは会の代表としてJRと対峙し続けてきたが、福知山線事故が起きる2ヶ月前に病気で他界した。奈穂さんは慈華子さんとともに事故後の被害者支援のあり方について国に要望するなど活動を始めた。奈穂さんの父・弥三一さんも賠償交渉の会を立ち上げ、JRの組織的構造的な問題を追及し続けている。◆事故から4年、1460日目の朝がやってくる。闘い続ける親子の姿を通して、公共交通の「真の安全」とは何か考える。

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