テレビ・ラジオで放送された番組・CM4万本以上を視聴できるほか、展示やイベントを通じて放送の今と昔を学べます。 入館無料

tv
テレビ番組

OLにっぽん〔10・終〕

番組ID
202889
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2008年12月10日(水)22:00~22:54
時間(分)
46
ジャンル
recent_actors
ドラマ
放送局
日本テレビ放送網(NTV)
製作者
日本テレビ放送網(NTV)
制作社
日本テレビ放送網(NTV)
出演者
スタッフ
脚本:中園ミホ、演出:岩本仁志、制作:西憲彦、制作:渡邉浩仁、音楽:池頼広、美術:柳谷雅美、美術:竹内秀和、技術:高津芳英、撮影:迫信博、音声:澁谷誠一、音声:大森良憲、照明:大前英樹、編集:朝原正志、記録:恩田一代
概要
不況にあえぐ大手商社が、コストダウンのため「総務課」をまるごと海外にアウトソーシングすると発表。正社員として勤めてきたOLの反発、中国人研修スタッフとの対立と融和を通して、労働と生き方を見つめなおす。(2008年10月8日~12月10日放送、全10回)◆小旗(阿部サダヲ)のクビを知った島子(観月ありさ)は、小旗を探し、クビになった理由を問いただすが、小旗は本当の理由を告げようとはしない。後日、島子は部長の弥生(浅野ゆう子)に辞表を提出、都留(井上芳雄)も辞表を提出する。やがて、アウトソーシングのためのマニュアルが完成、総務課員の解散式をすることになった。

同じ年代の公開番組

時をつなげ! 夕張・激動20年のリレー

財政破綻で多くの人が町を去った夕張。20年前のソウルオリンピックと並走した全校リレーを再現しようとする取り組みを追う。◆2008年8月、北京オリンピック最終日の男子マラソンと同時スタートで、北海道夕張市清陵町の目抜き通りを、町の人たち六十人がリレーマラソンを走った。企画したのは、町内に住む藤田秀紀さん。20年前に廃校になった地元の清陵小学校のPTA会長だった。この学校は、1981年に93人の犠牲者を出すガス突出事故を起こし閉山した北炭夕張新鉱のヤマ元だった。閉山後児童数が激減し廃校を余儀なくされたのだ。「夕張の一番厳しい時代を生きてきた子どもたちに何か大きな思い出を残してやりたい」と藤田さんは「ソウルオリンピックに挑戦!全校リレー」を企画した。ひとときのオリンピックに町中が大いに沸いた。あれから20年、夕張は財政破たんし、町の人口は更に減った。「あのメンバーで二十年ぶりに走って夕張を元気にしたい」。しかし、かつての児童は大半が夕張を去り、連絡がついたのはわずかに十数人。開催が危ぶまれる中、藤田さんはある決意を固めた。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組
TSBネイチャードキュメント 里山大回廊をゆく 第4集 柿の木のある家 ~伊那谷・中川村から~

伊那谷のほぼ中央、長野県中川村の里山に、ぽつんと一本、大きな柿の木。駒ヶ根市の動物写真家・宮崎学さんは2006年10月、この柿の木をテーマに写真集を出版した。番組スタッフは、宮崎さんの案内でその大きな柿の木に出会う。◆柿の木の持ち主は、同じ中川村に住む東金家。1914年(大正3年)生まれの幸枝おばあさんが生まれたときに、彼女のお父さんが植えたもの。伊那谷では半世紀の間に柿の木の姿が少しずつ消えていった。それは敗戦から立ち直り、高度経済成長を遂げるのと時期を一にしている。里山の貴重な果実だった柿は、輸入品をはじめとする多くの果実が出回る中で、居場所を失っていった。さらに1980年代、柿の木はゴルフクラブのヘッドの材料として注目され、次々に切られていった。◆東金家の柿の木が生き残ったのは、幸枝さんの孫で家を継いだ利夫さんが、柿の木の値段の安さに驚き、そのままにしておいたからだ。柿の木は東金家の4世代と共に生きてきた。そして利夫さんに待望の初孫が誕生。番組は柿の木と東金家の一年を追いながら、現代人が忘れてしまった「大切なもの」を探す。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組

Copyright Broadcast Programming Center of Japan.