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テレビ番組

テレメンタリー2004 シノの挑戦 ~障害チンパンジー580日の記録~

番組ID
014438
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放送日時
2004年04月18日(日)06:00~06:30
時間(分)
25
ジャンル
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ドキュメンタリー
放送局
名古屋テレビ放送(メ~テレ)
製作者
名古屋テレビ放送(メ~テレ)
制作社
名古屋テレビ放送(メ~テレ)
出演者
語り:竹下景子
スタッフ
撮影:鈴木慎二、VE:久世耕資、編集:中西州代、音響効果:青木信之、EED:金武憲二、MA:佐藤元紀、演出:前川玲穂、プロデューサー:森和貴
概要
2002年、日本モンキーセンターは、障害を持つため9歳まで飼育員に育てられたチンパンジー「シノ」を群れと共生させることを試みた。その挑戦を克明に紹介した「550日の記録」の続編。◆生後11ヶ月のときに高熱を出して右半身が不自由になったシノ。チンパンジー社会の掟を知らないシノは「侵入者」と思われてしまい、投げ飛ばされたり噛みつかれたりと激しい攻撃を受けた。試練が続く厳しい共同生活の中で、シノはチンパンジー独特のあいさつなどのしきたりを覚えていく。
受賞歴
映像技術賞(第4回映像技術奨励賞(撮影))

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鈴木三元は江戸末期の1814年に現在の桑折町の裕福な農家に生まれた。三代目藤右エ門を世襲し、村長などの公職を務めるかたわら、日本三大鉱山の一つに数えられていた半田銀山の経営にもあたっていた。◆時代は明治となり文明開化の時を迎え、人生50年と言われた時代に58歳になった藤右エ門は、名前を年・月・日の始めを意味する「三元」と改名し、将来の交通手段としての乗り物「自転車」の開発を決意する。この改名は「人生何事も始めの心構えが肝心である」という三元の決意の現れであった。◆当時は外国でも自転車の開発が進められていたが、自転車という発想は三元の独自のアイディアであった。しかし、三元はそのための学問を学んだわけでもなく、部品も一から作り出さなくてはならないなど開発は困難の連続であった。それでも心血と私財を投じながら試行錯誤を繰り返し、明治9年(1876年)に三輪自転車「自走車・大河号」を完成させる。その後改良を重ね、明治14年(1881年)に開催された第2回内国勧業博覧会に「三元車」を出品、時の政治家・板垣退助からも激励を受けた。◆その実用化には、製造コストの削減など課題も多く残されていたが、三元は東京に進出し、製造から販売までを手がける賭けに出る。しかし、技術革新の波が押し寄せる中、豊富な資金も底をつき、東京からの撤退を余儀なくされた。かなわなかった三元の夢「自転車」は、その後、大正時代に庶民の足として急速に普及することとなるのである。◆番組では晩年に心血と私財を投じて自転車の開発という夢を追い求めた三元の足跡を辿る。


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