テレビ・ラジオで放送された番組・CM4万本以上を視聴できるほか、展示やイベントを通じて放送の今と昔を学べます。 入館無料

tv
テレビ番組

メディアの嵐〔3〕 ワールドビジネスサテライト解体新書

番組ID
012991
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2003年12月28日(日)10:30~11:25
時間(分)
45
ジャンル
school
教育・教養
放送局
テレビ東京
製作者
テレビ東京
制作社
テレビ東京、日経映像
出演者
スタッフ
制作:前山匡洋、制作:吉田彰宏、制作:大木良介、制作:天田晶子、制作:白江英司、演出:木下昇、演出:水野秀樹、演出:清水一博、演出:諸星信寿、撮影:村方誠一、撮影:甲斐俊宏、編集:石川敬章、構成:菊池成明、音声:望月紀彦、音響効果:江連隆太郎
概要
視聴者にテレビをもっと知ってもらおうという番組。今回は経済ニュースを取り上げる。◆テレビ東京の「ワールド・ビジネス・サテライト」の一日を追いながら、ニュースが出来るまでを紹介。小谷真生子キャスターのインタビューや、企画コーナーの現場取材にも密着取材する。あまり紹介されることのない、東証を受け持つ「兜倶楽部」、日銀を受け持つ「金融記者クラブ」など経済部の記者クラブの映像もある。◆対象年齢(主な出演者の年齢):大学生以上

同じ年代の公開番組

ふくしまの素顔 天山文庫 ~蛙の詩人がこよなく愛した住処~

福島県双葉郡川内村にある天山文庫。ここはカエルや富士山の詩で有名な詩人、草野心平ゆかりの建物である。この建物のできた経緯が面白い。心平がモリアオガエルについてエッセイを書いたところ、川内村から「ウチの村にも同じカエルがいる」と招待を受けた。昭和28年8月にはじめて川内村を訪れた心平は、村の人々と豊かな自然に心をうたれ村との交流が始まったのである。◆その後、毎年のように村を訪れ、昭和35年、心平は名誉村民となる。村では名誉村民の褒章として毎年木炭100俵を送ることにした。その木炭の返礼として、蔵書3,000冊を村に寄贈したところ、本を保管する場所を作ろうと、文庫建設の話がもちあがった。建築は村の人が、土地を提供できる人は土地を、木材を出せる人は木材を、手伝える人は手伝うなど、村あげての労働奉仕によって建てられた。天山文庫の名は、東洋と西洋を結ぶ「シルクロード」にそびえる天山山脈になぞらえ、みちのくと中央の交流、人と人との出会いを大切にしたいという熱意を込めて、心平が命名した。心平は、この住処をこよなく愛し、たびたび訪れ長居したという。文庫の蔵書は、心平だけではなく、他の文学者や出版社からも無料で提供され、詩の本を中心にバラエティに富んでいる。◆文庫落成を記念して昭和41年に行われた第1回天山祭りは、以後毎年開催されている。天山祭りは、心平の写真を囲みながら青竹を二つに割った器に、色とりどりの山菜料理などを肴に盃を傾ける。村の伝統芸能である獅子舞、浦安の舞、神楽舞が披露され、笛や太鼓で川内甚句も飛び出す。この日は、村内はもとより、県内外から心平を偲んで多くの人々が集まってくる。◆日本むかしばなしのような素朴な好意が、何度も行ったり来たりして形となり、今も残っている。天山文庫は、詩人と川内村の人々とで生み出した、1つの詩のような場所である。心平は昭和63年に85歳で永眠するが、天山祭りば今も続けられている。◆明治36(1903)年、心平はいわき市小川町に生まれた。今年は生誕100年目となる。いわき市は生誕100年記念事業として、生家を修復してオープンさせた。◆番組では草野心平と川内村の人々との心の交流から天山文庫の出来るまでを描き、天山祭りや心平の生家・作品を紹介する。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組
ふくしまの素顔 牧場の朝が聞こえる ~よみがえれ幻の唱歌~

文部省唱歌『牧場の朝』のモデルとなっている福島県鏡石町の岩瀬牧場。岩瀬牧場は、明治9年に、明治天皇が東北巡行の際、鏡石・矢吹・須賀川に広がる原野、約2700町歩の開墾を側近に申しのべたことが発端と伝えられる。その後、伊藤博文内閣により、宮内省直営の「宮内省御開墾所」に指定され日本最初の国営牧場となった。◆岩瀬牧場は、日本で最初の欧州式技術を取り入れた牧場としても知られる。明治40年にはオランダから乳牛13頭、農機具が直輸入された。その時にオランダと日本の友好の印としてオランダから贈られたのが『牧場の朝』にも歌われた鐘(平成13年鏡石町文化財指定)である。◆以前から地元では『牧場の朝』は岩瀬牧場をモデルにしているといわれてきた。作曲は船橋栄吉ということははっきりしていたものの、戦前に誕生した文部省唱歌の多くがそうであったように、『牧場の朝』の作詞者が明記されていなかった。これを伝え聞いた、地元の医師・郷土研究家の最上寛が10年の歳月をかけて調査、考証を重ね、作詞者の解明に取り組んだ。大正末期に旧制安積中学(現・安積高校)で岩瀬牧場に関する文章「牧場の暁」という紀行文を発見した。この紀行文は半鐘の音から始まる岩瀬牧場の朝の様子を描いたもので、当時朝日新聞の記者であった杉村楚人冠が記した「ひとみの旅」の中の一文であることが判明した。◆杉村は明治43年12月に岩瀬牧場を訪れており、牧場の初代場長であった永田恒三郎の家に滞在し、牧場の生活を間近に見ながら数日を過ごしている。これらの事実などをもとに、作曲家であり日本音楽著作権協会の教育音楽委員会の委員長を務めていた平井康三郎らの太鼓判を得て、ついに『牧場の朝』が杉村楚人冠の作詞によるもので、岩瀬牧場をモデルにして作られたということが明らかになった。◆番組では『牧場の朝』の作詞家の解明までの過程を追いながら、モデルとなった岩瀬牧場の歴史やエピソードを紹介する。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組