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ラジオ番組

広島原爆の日ラジオ特集 “ヒロシマ”を語るお好み焼き店

番組ID
R23283
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放送日時
2019年08月05日(月)22:10~22:55
時間(分)
50
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー・録音構成
放送局
NHK
製作者
NHK
制作社
NHK、NHK広島
出演者
スタッフ
制作統括:比留木剛史、技術:藤田晋一郎、技術:寺尾広志、効果:谷口文雄、取材:三平泰丈、構成:三平泰丈、取材:中川安奈、構成:中川安奈、演出:八田知大
概要
広島平和記念資料館(原爆資料館)を訪れる外国人観光客は43万人あまりで6年連続過去最多となった。広島に来る外国人観光客が増える中、世界中の人々に被爆の実相をいかに伝えるかが課題となっている。グアテマラ共和国出身でお好み焼き店を営むフェルナンド ロペズさん(56歳)は被爆者の義母と暮らしているが、ロペズさんは義母に過去を聞くことはしない。自身も母国グアテマラでの内戦の経験から、二度と思い出したくない記憶があるからだ。平和文化を学ぶアメリカ・フロリダ出身のメアリー・ポピオさん(27歳)は、お好み焼き店近くのゲストハウスで働いている。大学時代に隠れキリシタンについて学ぶため初めて訪れた長崎で被爆について知った。二人の外国人が広島の人たちの平和への思いを正しく伝えようと、葛藤し模索する日々を追う。

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