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ラジオ番組

社会人2年目のレポート提出 ~20代から見た博多織の世界~

番組ID
R22833
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2019年04月07日(日)19:00~19:55
時間(分)
55
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー・録音構成
放送局
エフエム福岡(FM FUKUOKA・FM福岡)
製作者
エフエム福岡(FM FUKUOKA・FM福岡)
制作社
エフエム福岡(FM FUKUOKA・FM福岡)
出演者
スタッフ
演出:佐藤慎子、演出:田中健太郎、制作:西川諭
概要
福岡の伝統産業「博多織」業界の実態を、入社2年目のアナウンサーが取材し、報告する。一つの仕事に従事する人々の言葉を通して、仕事とは何か、社会人とは何かを再確認する“体験”リポート。◆愛智望美が向かったのは、博多織の製造・販売を手掛ける創業70周年の「サヌイ織物」。そこで3代目社長の讃井さんから「今までの博多織はあぐらをかきすぎていた」という言葉を聞く。生活様式が変わり、博多織も衰退の一途をたどる中、伝統を捨て現代に即した新しいことに挑戦した結果、会社は続いたのだと。次に訪ねたのは、博多織職人を養成する学校「博多織ディベロップメントカレッジ」。それまでの仕事を辞めて博多織の世界に飛び込んだ受講生が意外に多いことに驚く愛智。他にも、自宅に工房を建てた人、蚕を飼うところから始め、素材にこだわる作家など、博多織に情熱を注いでいる人たちから、リポーターは何を感じたのか。聞き手は、フリーランスのベテランアナウンサーの田尻敏明。

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