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ラジオ番組

特別番組 ここに生きる 限界の先に見える風景

番組ID
R21333
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放送日時
2014年03月30日(日)19:00~19:45
時間(分)
42
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー・録音構成
放送局
富山エフエム放送(FMとやま)
製作者
富山エフエム放送(FMとやま)
制作社
富山エフエム放送(FMとやま)
出演者
語り:田中千佳
スタッフ
企画:荒山知徳、企画:田中千佳、構成:荒山知徳、構成:田中千佳、ディレクター:荒山知徳、プロデューサー:藤根太、音楽:荒山知徳、技術:荒山知徳、効果:荒山知徳、取材:田中千佳
概要
過疎に悩みながらも、地域に愛着を持って生きる人々の暮らしを通して、地域再生の手がかりを考える。◆富山市上滝地区は旧大山町の中心部だったが、富山市と合併。商店街に再び活気を取り戻そうと、塚田さん(82歳)らが街角サロン「よってかれ家」を開いた。地元産大豆で作る豆腐が人気で、憩いの場として子育て相談やサロン活動なども行っている。さらに過疎化の進む魚津市虎谷地区は、一人暮らしが4軒だけの限界集落。平野さん(41歳)は亡き母の故郷でもあるここに手作り家具の工房を開いた。村の神社で結婚式を行った際には、村を離れた元住人も集まって盛大に祝福された。定住も考えているが、上下水道、除雪などのインフラ整備が気がかりだ。富山市土も、橋本さん(27歳)の3人家族が住むだけの限界集落。田舎で自然農業をやりたいと両親が都会から移り住んだ。彼女は東京の大学に進学したが、田舎の価値を見つめ直し、卒業後に帰郷した。両親が起こした有限会社土遊野の代表取締役に就任し、循環型の農業を目指している。

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日本海に面した内灘村(現・内灘町)は、村のほとんどを潟と砂丘地が占める人口約6000人の漁村だった。1950年に朝鮮戦争が勃発すると、米軍は日本企業に砲弾を発注し、その性能を検査する試射場が必要となった。内灘村議会、石川県議会をはじめ反対運動が高まったが、内灘村長は補償金などを条件に試射場受け入れを承諾。しかし1953年4月まで4ヶ月の期限付きだった試射場を、政府は永久接収を目論み、継続使用を決定した。対する村民達は永久接収反対実行委員会を結成し、労働組合や学生など全国からの支援を受け入れる。試射が再開されれば永久接収を止められない。6月15日の試射再開前夜、試射場内の権現森の座り込み小屋に向かう一団と警官隊がついに衝突し、反対運動は頂点に達した。翌日試射が再開され、「浜返せ」と叫ぶ“おかか”たちの目前で砲弾が炸裂した。基地はいらないと全国を揺るがした内灘闘争から約60年。内灘村は人口2万7千人のベッドタウンとなった。「風と砂の館」前館長の西尾さんは、「あの頃の人たちは戦争に進むかどうか、ここが分岐点と敏感に感じていた。ボートは後ろを見て漕がないとまっすぐ進まない」と、過去から学ぶことの大切さを訴える。


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