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ラジオ番組

新潟にサッカーを創った男

番組ID
R21312
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放送日時
2014年05月31日(土)19:30~20:00
時間(分)
29
ジャンル
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スポーツ
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ドキュメンタリー・録音構成
放送局
新潟放送(BSN)
製作者
新潟放送(BSN)
制作社
新潟放送(BSN)
出演者
ナレーター:石塚かおり
スタッフ
ディレクター:丹羽崇、プロデューサー:鍵冨徹、技術:丹羽崇
概要
2014年3月に亡くなった新潟県サッカー協会前会長、沢村哲郎氏の功績を振り返る追悼番組。沢村氏は1964年、新潟国体参加のために群馬県から新潟に移り住み、以来半世紀にわたり、県立新潟工業高校を全国レベルの強豪校に育て上げるなど、新潟の、そして日本のサッカー界を支えてきた。特に2002年日韓共催ワールドカップの開催都市選考では、新潟不利が伝えられる中、開催地入りを決めた立役者である。また、新潟のビッグスワンスタジアムをホームとするJ1アルビレックス新潟をラジオ番組で長年叱咤激励し、地域に根付かせた。女子サッカーなどサッカーの裾野を広げることにも取り組んだ。そのサッカー人生に迫る。◆BNSラジオ報道特別番組

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報道特別番組 内灘闘争 風と砂の記憶

日本海に面した内灘村(現・内灘町)は、村のほとんどを潟と砂丘地が占める人口約6000人の漁村だった。1950年に朝鮮戦争が勃発すると、米軍は日本企業に砲弾を発注し、その性能を検査する試射場が必要となった。内灘村議会、石川県議会をはじめ反対運動が高まったが、内灘村長は補償金などを条件に試射場受け入れを承諾。しかし1953年4月まで4ヶ月の期限付きだった試射場を、政府は永久接収を目論み、継続使用を決定した。対する村民達は永久接収反対実行委員会を結成し、労働組合や学生など全国からの支援を受け入れる。試射が再開されれば永久接収を止められない。6月15日の試射再開前夜、試射場内の権現森の座り込み小屋に向かう一団と警官隊がついに衝突し、反対運動は頂点に達した。翌日試射が再開され、「浜返せ」と叫ぶ“おかか”たちの目前で砲弾が炸裂した。基地はいらないと全国を揺るがした内灘闘争から約60年。内灘村は人口2万7千人のベッドタウンとなった。「風と砂の館」前館長の西尾さんは、「あの頃の人たちは戦争に進むかどうか、ここが分岐点と敏感に感じていた。ボートは後ろを見て漕がないとまっすぐ進まない」と、過去から学ぶことの大切さを訴える。


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