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ラジオ番組

人生読本 新潟水俣病と30年 斎藤恒(木戸病院健診センター所長)〔1〕

番組ID
R20573
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放送日時
1995年05月18日(木)05:45~05:55
時間(分)
10
ジャンル
adaptive_audio_mic
トーク・ワイドショー
cinematic_blur
ドキュメンタリー・録音構成
放送局
NHK
製作者
NHK
制作社
NHK
出演者
スタッフ
制作統括:伊瀬知成好
概要
著名人が自らの人生や仕事について語るシリーズ。斎藤恒氏は、地元医師として30年にわたって新潟水俣病患者の治療と支援活動に携わってきた。1回目は、新潟水俣病との出会いと、その後の患者救済を求める運動の経過について語る。

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NHKに保存されている録音で戦後の50年を振り返る番組。進行役は相川浩アナウンサー。(1995年4月~1996年3月放送)◆この回のテーマは「安保で揺れた年」1960年を振り返る。◆昭和26年に調印された日米安全保障条約がいろいろと問題があるとして改正されたのが昭和31年であるが、この改正に反対した学生たちを中心とする人たちは激しい闘争を繰りひろげた。いわゆる60年安保闘争である。昭和35年当時、NHK社会部のデスクとして取材の陣頭指揮をとっていた梅村耕一さんと当時を振り返る。◆昭和32年、ソビエトは人工衛星の打ち上げに成功した。これはアメリカの大陸間弾道弾の技術がソビエトより遅れていたことを意味するものであり、こうしたことが安保改正の背景にあったと梅村さんは話す。◆5月19日政府は、新安保の成立を図るため委員会での質疑を打ち切り会期の延長を決定した。これに対し社会党議員は衆議院議長室の前に座り込みを行い、警察官が導入されるなど大混乱になった。国会周辺では学生に死亡者が出るほどの激しい抗議でもが行われた。政府が強行採決をしたのは、6月20日にアメリカ大統領夫妻の来日が予定されていたため、それまでに安保の改正を決めておく必要があったためだと梅村さんは言う。◆三井三池炭坑では、大量の人員整理をめぐって長期間にわたる労働者争議が行われたし、南米のチリで発生した津波は三陸地方に押し寄せ100人以上の死者を出す大災害となるなど、昭和35年も大変な年であったと梅村さんは語る。


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