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ラジオ番組

報道特別番組ネットワーク1・17スペシャル 震災10年を超えて

番組ID
R02842
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放送日時
2005年05月30日(月)02:15~03:15
時間(分)
59
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー・録音構成
放送局
MBSラジオ(毎日放送)
製作者
MBSラジオ(毎日放送)
制作社
MBSラジオ(毎日放送)
出演者
スタッフ
概要
阪神・淡路大震災の記憶を語り継ぎ、次なる災害への備えを呼びかける「ネットワーク1・17」(1995年4月15日放送開始)の特別番組。4組の震災体験者の話から、震災10年の月日を浮き彫りにする。パーソナリティは妹尾和夫と魚住由紀。語り、古川圭子。◆1話めは、神戸復興のシンボルにもなった「はるかのひまわり」にまつわる姉の思い。震災で亡くなったはるかちゃんという少女が生前オウムのえさにと持っていたひまわりが、がれきに花を咲かせた。近所の人たちはこれを「はるかのひまわり」と名づけ、種を集めてさまざまな場所に植え、また全国に種を送り復興のシンボルとなった。しかし姉は複雑な思いを抱いていた。◆2話めは、阪神大震災のことを伝えようと小学生で自転車日本一周を成し遂げた兄弟の10年。自分たちも被災者ながら、仮設住宅に住むお年寄りを助けたい一心で、売り上げの一部が被災者救済にあてられる本を売るため、夏休みに日本列島を横断した。8年前「ネットワーク1・17」に出演したとき、幼い声で一生懸命体験を語っていた兄弟もいまや18歳と15歳。それぞれの夢に向かって進んでいるが、どちらの夢にも震災の体験が原点にあると話す。◆3話めは、まちづくりの10年。区画整理によってまちなみは美しくなったが、利害の対立で人間関係はぼろぼろに傷ついた、東灘区のあるまちに焦点を当てる。震災は勇気の出る話だけではないことを、人々が語っている。◆最終話は、下宿先で大学生の息子を失った家族が語る、震災遺族の10年。一家は「息子の死の意味」をこの10年問い続けてきた。失われたものが帰ってこない苦しみは、10年という節目を迎えてもなお癒されることがないことを、浮き彫りにする。
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2005年3月31日、岐阜の路面電車が94年の歴史を閉じた。「街のシンボルが消えた」「廃止は残念」という意見の一方、「分かっていたこと」「仕方ない」との声も聞かれた。◆数十年にわたって企業努力を続けた名古屋鉄道だったが、沿線自治体は軌道敷への自動車乗り入れを黙認。電車の定時運行ができなかった。停留所の安全も確保されず、利用者は危機を強いられた。クルマ優先の行政が乗客の逸走を招き、赤字は年間17億円に。2003年、名鉄はついに路面電車事業からの撤退を表明した。◆その後、新会社が車両の運行に名乗りをあげ、沿線自治体が線路の管理を行うという条件で話が進んだが、沿線人口を多く抱える岐阜市が土壇場で断念。これが廃止への引き金となった。◆現在も線路が残っているため、まだ路面電車復活の可能性はある。実際、沿線企業が名鉄からの施設譲り受けに名乗りをあげている。しかし名鉄は「岐阜市からの働きかけがないと動かない」と交渉を拒否。対する岐阜市長は「民間同士で話し合うべき問題」とかみ合わない。◆欧米の多くの都市では、路面電車を進化させた交通機関・LRT(ライト・レール・トランジット)が活躍し、街の活性化に貢献している。日本でも、国土交通省がLRTの整備を支援する制度を2005年4月から始めたが、岐阜の路面電車を救済することはできなかった。◆専門家は「岐阜市の動き次第で、路面電車の再生は充分ありうる。そのためにはまず、市民が動かなければならない」と指摘する。街づくりの方向性を示すには、まず目の前にある路面電車の問題を解決することが必要だ。そのカギを握るのは、岐阜に暮らす人々である。◆番組では、市民、名鉄、岐阜市、国土交通省など、多方面への取材を織り交ぜて、岐阜の路面電車廃止の経緯、廃止後の現状を見つめる。そして岐阜の街づくり、地方都市の再生について考える。


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