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ニュース映画

大毎ニュース 800 遺体を求めて

番組ID
N02230
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上映日
1966年11月23日(水)
時間(秒)
192
カテゴリ
社会
概要
50人の命をのんだ松山沖に今日も300隻の船が捜索を続ける。この辺は潮の流れが激しく捜索は遅々として進まない。無惨に折れたプロペラがショックのすさまじさを物語る。1966年11月21日、現在収容された遺体はようやく32体。変わり果てた肉親の遺骨を胸に呆然とわが家に向かう。まだ遺体のあがらぬ家族はせめて手がかりだけでも早くつかみたいと、食い入るような眼差しだ。現場を訪れた岡崎嘉平太全日空社長に詰めよる遺族の声は厳しい。また海が騒ぎ始めた。捜索は今日も打ち切られるのだろうが。冷たい海にまだ帰らぬ夫を、わが子を求める声が空しく消えて行く。

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大毎ニュース 763 特集 あいつぐ空の惨事 カナダ航空機・BOAC機

133人の命を奪った全日空事故から1ヶ月、またも空の惨事が繰り返された。しかも連続して2つの事故。1966年3月4日、濃霧注意報下の羽田空港で、香港から来たカナダ航空のDC‐8が着陸に失敗、炎上した。乗務員、乗客72人のうち死者64人、奇跡的に命を取り留めたのはわずかに8人、殆ど無傷で脱出した男性は生きていることが信じられないと語る。この夜、カナダ航空は創立以来の大事故に混乱を起こし、その間、遺族は絶望と怒りに震えていた。事件当夜、DC‐8は高度を低くとり、海上の進入灯に脚をひっかけ、滑走路端の防波堤に激突。機体は1キロ四方に散乱、濃霧の中で着陸しようとしたパイロットのミスという説が強いが、空港の計器着陸装置が整備中で使えなかったという事実も明らかになった。そして空港再開からわずか7時間後、今度は香港に向かったBOACのボーイング707が、富士山上空で空中分解を起こし、2合目の雑木林に墜落した。乗員乗客124人は全員死亡、自衛隊員ら2500人が出動して遺体の収拾にあたった。タンカに染み付いた血が、墜落当時の激しい衝撃をもの語る。犠牲者のうち75人はアメリカの団体客で、初めての日本見物が死出の旅路となった。相次ぐ空の惨事に、カナダ航空からフィリップス副社長が、ロンドンからガスリーBOAC会長が慌ただしく来日した。新鋭ジェット機の連続事故は航空界に再検討を迫っている。わずか1ヶ月に3度の大きな事故を起した日本の空、心から乗客の安全を祈らずにはいられない。


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