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ニュース映画

毎日世界ニュース 431 持ちこまれた空の“戦力”

番組ID
N00880
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上映日
1959年11月11日(水)
時間(秒)
131
カテゴリ
社会
概要
2百機で720億円にのぼる高い買物、航空自衛隊の次期主力戦闘機に何を選ぶかで注目を浴びた源田実調査団は、1959年11月6日、赤城宗徳防衛庁長官に報告書を提出した。その夜あわただしく首相官邸で開かれた国防会議では、前年の内定を覆してロッキードに軍配があげられ、目にみえぬ空中戦として政治問題にまで及んだグラマン騒動は、3年ぶりに勝負が決まった。次期主力戦闘機に選ばれたロッキードF‐104は、音速の2倍以上のスピードと優れた上昇性能を持つジェット機で、源田航空幕僚長も自らテストを行なったと言われるが、世界の各国が軍縮に進もうという折りから、公営アパートなら72000戸が建つという高い買物に批判が集まっている。同じ日、問題のミサイル、サイドワインダーがこっそりと小牧基地に空輸され、不意を衝かれた日本労働組合総評議会の面々は、防衛庁の小幡治和政務次官に詰め寄って「安保条約による米軍基地という治外法権を利用して、核武装を進めようとする卑劣な行為が許せない」と防衛庁に強く抗議した。

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毎日世界ニュース 423 安保改定を前に 勤評から西尾問題まで

1959年9月8日、日教組(日本教職員組合)は勤評(勤務評定)反対の統一行動を全国に展開。東京では文部大臣に会見を求めたが門を閉ざして面会謝絶。安保条約改定阻止と勤評反対闘争は表裏一体だと気勢を上げたが、教育委員会との団体交渉も物別れとなって、泥沼から一歩もはいあがれない。同じ日、基地砂川町では安保改定阻止の中央大会が開かれ、米軍の駐留は憲法違反であるという東京地裁の判決を支持するデモが、夜の更けるまで続いた。1959年9月9日、ダレス長官の追悼式には吉田茂元首相をはじめ、岸信介総理、マッカーサー米大使ら多数が参列して、安保条約の生みの親ダレス氏を偲んだ。8年前のこの日、サンフランシスコにおいて講和条約および安保条約が調印されたのである。この抱合わせの両条約をめぐって、社会党は講和条約賛成、安保条約反対の立場をとる右派と、両条約に反対する左派が激しく衝突、ついに分裂の憂き目を見るに至った。あれから8年、社会党青年部大会は、議場混乱のうちに西尾末広氏の除名を絶対多数で決議した。こうした中で1959年9月12日、第16回社会党大会を迎えたが、安保闘争に対する西尾氏の言動が党紀に反すると詰め寄る左派と、受けて立つ右派が真向から対立して、冒頭から荒れ模様。大会運営委員会では、決議案をめぐってつかみ合いをする騒ぎ。結果は「西尾氏を統制委員会に付議する決議案」を大会に上程することになった。西尾氏の弁明と、河上丈太郎氏の決議案反対表明に続いて投票に入り、決議案は可決された。こうして社会党は西尾氏の去就をめぐって、統一以来最大の危機を迎えた。


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