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ニュース映画

毎日世界ニュース 430 「宗谷」南極へ

番組ID
N00873
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
上映日
1959年11月04日(水)
時間(秒)
68
カテゴリ
社会
概要
4たび南極に向かう「宗谷」の甲板には、空輸作戦の花形ヘリコプターや、11頭のカラフト犬が静かに出発を待っている。晴れの出港式に勢揃いした観測隊員、乗組員、合せて130名。立見辰雄観測隊長、明田末一郎船長の新しいコンビが力強い出発の挨拶を述べた。鳥居鉄也越冬隊長をはじめ、1959年の観測隊員は3分の2が初参加の新人、平均年齢31歳という若々しい陣容である。1959年10月31日午前10時50分、「宗谷」は松田竹千代文部大臣らの見送りをうけて東京港日の出桟橋を出発。村山雅美越冬隊長の待つ昭和基地に向かって41000キロの旅に船出した。(週間話題)

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4月8日は発明の日。1959年も全国から81件、100人の人々が表彰された。盛んな発明熱を反映して、特許庁に持ち込まれる出願件数だけは世界一流だが、審査員が実際に試験してみなければ納得出来ないものも多いようだ。新発明の電話自動受信器は、外出中でも電話が先方の要件を録音して置いてくれる装置である。発明者の橋本さんは、量産を目指して研究を続けている。星野博士が発明した話題のシンクロリーダー。この成功によって、音の出る新聞が出現した。革命的な発明として既に大量生産が開始された。街の発明家のために作られた発明学校では、ブームに乗り遅れまいとサラリーマンや街のオバサンたちが、大発明が出なくともチョットしたアイデアを生かそうと、身近な日用品の改良を目指して熱心に勉強している。舞台の合間に、楽屋でお弟子さんを使って新作の機械の試運転をする柳家金語楼師匠も、街の発明家の一人である。そば屋の当麻さんは、商売よりも好きと今日も部屋に閉じ込もって発明工夫に熱中している。作品はすべて実用化するのがモットーで、お手製の運搬器にお手製のそばをを積んで、颯爽と街をゆく新時代のそば屋さんだ。


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毎日世界ニュース 426 救援を待つ災害地

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