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ニュース映画

毎日世界ニュース 425 荒れ狂った台風15号

番組ID
N00855
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
上映日
1959年09月30日(水)
時間(秒)
168
カテゴリ
社会
概要
1959年9月26日、超大型台風15号(伊勢湾台風)は紀伊半島から上陸。三重・愛知・岐阜3県の人々は、刻々と増す濁流に不安の一夜を送った。一望千里ドロ海と化した穀倉地帯木曽川流域。災害は39都道府県におよび、罹災家屋40万戸を超す、室戸、枕崎台風に次いで観測史上空前の大被害をもたらした。鉄道路線は327ヵ所にわたって寸断され、船舶の損失2800隻あまり、通信は全く途絶という惨状。水浸しになった名古屋市街。南部地区は16万人の市民が水中に孤立、救援の舟を待っているが、あまりにも多い罹災者に手が回りかねている。中村区では強風のため市営アパート2棟が倒壊、死者4名、重軽傷者数10名を出し、半田市では暴風雨下に工場が火災を起こして焼失。三重県長島町は、長良川の決壊で町全部が完全に水没、ヘリコプターの救助に唯一の望みを託している。28日現在、全国で死者・行方不明合せて3500人と日増しに増えて、予想外の大惨事となった。一瞬のうちに、高潮にのまれて3百数10人の生命を失った半田市の遺体収容所では、変わり果てた肉親と涙の対面。恐怖を語る流木と泥水に埋もれた奈良県五條市。これら災害地の罹災者の再起を、心から祈るばかりだ。

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毎日世界ニュース 412 日本の鼓動 六月二十五日

1959年6月25日、閣僚を入れ替えて守りを固めた岸信介内閣は、最大の関門、安保条約改訂問題を抱えて臨時国会に臨んだ。政府の防衛力強化の方針に、一周年を迎えた自衛隊習志野空挺団では訓練にも一段と気合いが入り、海上自衛隊には日米相互防衛援助協定による、戦後最大の国産駆遂艦「てるづき」も誕生した。同じ日、アメリカへ向かう練習艦隊と入れ代わりに、鹿児島港に日本の最南端与論島から平和行進が到着、原水爆禁止の悲願を込めて広島への歩みが続けられた。韓国(大韓民国)から米軍の撤退を求めて気勢をあげる北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)の人々も、帰国を前に喜びの表情が溢れているが、この日は祖国の姿そのままに、南北入り乱れての朝鮮動乱記念日となった。防衛庁前には安保条約改訂反対のデモ隊が押しかけ、日比谷で全国統一行動日の中央大会が開かれた。防衛予算より米価の補償をと農民も立ち上がり、折りから開かれている米価審議会に適正米価を要求して農林省前へ坐り込みの作戦に出た。夜の街では全学連の学生たちがデモをくり返し、またしても警官隊と衝突し、この日のフィナーレは夜の更けるまで続けられた。1959年6月25日は、国の運命を決める多くの問題を抱えて悩む日本の縮図ともいうべき一日であった。


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毎日世界ニュース 429 自衛隊二つの顔

まだ水の引かぬ愛知県尾西地方の災害地に残って、復旧作業を続ける自衛隊。銃よりもスコップを肩に隊員たちの目覚ましい活躍ぶりは、地元の人々から大いに頼もしがられ感謝されて来た。子供たちにもすっかり親しまれ、学校への送り迎えから、途方にくれる老人の世話に至るまで、自衛隊員たちがこれほど国民と溶け合ったのは初めての事かも知れない。今度の災害出動で自衛隊が使った費用はおよそ1億円、それはF86Fジェット機1機分に相当する金額で済んだのだ。「こんなに高いジェット機よりもヘリコプターを増やせ」。これが今後の自衛隊に望む国民の声ともなっている。こうした折、アメリカで次期戦闘機の調査を終えた源田実空将の一行が、注目を浴びて帰国した。ロッキードかグラマンか、いずれにせよ1機だけで3億円という高い買物に疑問を持つ人が多くなって来た。安保条約改定のPRに本腰を入れ始めた岸信介首相や藤山愛一郎外務大臣。改定の必要を力説するが、果してどれだけ国民の理解を得ることが出来ただろうか。宮城県では第6管区6千名の自衛隊が出動して、1959年最大の演習が始まった。まるでお祭りでも見物するように集まって来た住民たち。ある隊員は演習より子ども相手の方がずっと楽しそうであった。目に見えぬ仮想敵国に備えて自衛隊を戦闘訓練に駆り立てるより、毎年襲って来る災害という敵から国土を守る方がどれだけその使命に叶っていることか、それは自衛隊員自身が一番よく知っているはずである。


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毎日世界ニュース 401 慶祝協奏曲

1959年4月10日、晴れやかに「結婚の儀」を終えられた皇太子殿下と美智子妃殿下は、6頭立4頭引きの儀装馬車に乗って皇居をご出発。華やかなパレードに移った。沿道の人々の歓呼にこたえながら東宮仮御所にお着きになったお二人は、やっとくつろいだ新婚第一夜をお迎えになった。この日各地ではお二人にあやかって空前の結婚ラッシュ。京都では御所の前で26組が一度にゴールインすれば、東京でも皇太子さまにつづけと3組が仲良く誕生、皇太子殿下万歳を三唱した。記念撮影もあとがつかえている結婚ブーム。東京駅では、新婚列車「ちよだ号」が満員の花嫁花婿を乗せて、ハネムーンの旅にスタートした。夜は東宮仮御所に地元の人々がお祝いの提灯行列。お二人の幸せを祈る提灯の波は夜の更けるまで続いた。群馬県の沼田市では70組の男女が参加して慶祝テニス大会が開かれ、桜咲くテニスコートにロマンスの花を咲かせた。一方、正田家の郷里館林はまるで感激と興奮のルツボ。パレードを繰り出して市始まって以来のお祭り騒ぎに沸き立った。東京でもイルミネーションに輝く花電車が夜の銀座を彩り、国立競技場では6万の人を集めて「お祝いの夕べ」が行なわれ、奉祝気分は最高潮に達した。越えて12日、皇居ではお二人の結婚を祝う内宴が催され、天皇ご一家は美しい振袖姿の美智子妃殿下を囲んで、なごやかなひと時を過ごされた。そして13日から3日間にわたって、ご結婚披露の宮中祝宴が、内外の名士を招待して仮宮殿北の間で華やかに開かれた。


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