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ニュース映画

毎日世界ニュース 408 東京オリンピック決る

番組ID
N00780
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上映日
1959年06月03日(水)
時間(秒)
144
カテゴリ
スポーツ
概要
ミュンヘンで開かれた国際オリンピック委員会総会で、1964年の第18回オリンピック大会の開催地は、東京に決定した。昭和15年(1940年)の東京オリンピックが戦争で中止されて以来、ようやく念願かなった東京都庁では万歳で沸き立った。一方、日本体育協会本部は早速五輪旗を揚げて祝福した。街でも気の早いオリンピックブームを煽りたてている。これは戦後初めて日本が参加した、1952年の第15回オリンピック、ヘルシンキ大会の記録。エジンバラ公に敬礼して140余名の日本選手団が堂々と行進する、1956年第16回オリンピック、メルボルン大会。5年後には、東洋に初めて聖火が運ばれて来ることになったのだ。今日も若人が力と技を競う国立競技場。ここで開かれる東京オリンピック大会を立派に成功させたいものだ。

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毎日世界ニュース 429 スポーツの秋なれど

野球ファン待望の1959年プロ野球日本選手権シリーズ、南海対巨人の第1戦が10月24日大阪球場で行なわれた。南海は1回裏ランナー2、3塁のチャンス。巨人の投手は義原武敏、杉山光平打ってセカンドゴロ、土屋正孝のバックホームが遅れ、3塁から森下正夫がホームインして先制の1点をあげた。この回南海は野村克也のヒットなどで3点を追加。義原投手に代わって、今シーズン301勝の日本タイ記録をたてた別所毅彦投手が登場したが、寺田陽介がライト前にヒットして、この回一挙5点をあげた。試合は最終回。ランナーを2、3塁において巨人の反撃、南海の投手祓川正敏から土屋が左中間に大2塁打して2者ホームイン。続いて長嶋茂雄もレフトに2塁打してこの回4点を返し、3点差まで追いあげたが、結局10対7で南海が1勝をあげた。一方、26都府県の議員さんの野球大会の接待に、200万円におよぶ血税を使った東京都の税金の行方が問題となっている。東京のある高校では聖火リレーで始まる運動会で、若人の意気を天高く燃やそうという趣向。1959年10月25日、不人気を伝えられた第14回秋の国民体育大会は、小中高校生まで動員して、どうにか国立競技場を埋めて開会式が行なわれた。全国から16000名にのぼる選手が参加して、華やかな入場行進。水害のため愛知、三重、岐阜3県は欠場し役員だけが行進。続いて聖火が入場して大会気分は最高潮。ともかくも開会式だけは盛り立てようと、夕暮れまで数々の祭典の行事が繰り広げられた。翌26日から6日間にわたって競技が行なわれたが、開会式とうって変わりスタンドはがら空き。この立派な競技場に、5年後は東京オリンピック大会を迎えようとしている折りからこの有様では、日本のスポーツ界の先が思いやられる。


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