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ニュース映画

毎日世界ニュース 392 二つの朝鮮 帰国問題をめぐって

番組ID
N00712
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上映日
1959年02月11日(水)
時間(秒)
200
カテゴリ
国際情勢・海外
概要
ナベ底景気のしわ寄せから、益々住みにくくなった日本を引き揚げて、北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)に帰国したいという在日朝鮮人は、60万人のうち11万人にも上っている。こうした中で1959年1月30日、藤山愛一郎外相は北朝鮮送還に踏み切ったが、韓国は主権の侵害であると強硬に反対、日韓会談に重大な結果を招くと物言いをつけ、送還絶対反対の動きを見せるに至った。これに対し北朝鮮側の学生たちは2月7日、帰国促進大会を開いて即時帰国を要請、大いに気勢をあげた。帰国問題をめぐってここでも真っ二つに割れた南北朝鮮、難航を続ける日韓会談の再開とからんで、その成り行きが注目されている。

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毎日世界ニュース 418 波紋投げた原爆記念日

東京から、新潟から、そして、南の果て与論島から始った1000万人の平和行進は、1959年8月4日、目的地の広島に到着した。3コースの団長たちは真っ黒に日焼けした顔で、感激の握手を交わした。一方、全日本学生自治会総連合の学生たちも続々と到着。安保条約改定反対を掲げて世界大会に参加した。こちらは大会に背を向けた右翼の連中。ニセの平和大会をぶっ潰せと原水爆禁止日本協議会の安井郁理事長にねじ込んだ。また、ソビエト代表にも「帰れ帰れ」と食ってかかる狼藉ぶりで、折角の世界大会も、とんだ邪魔が入った。一方ではイギリスや西ドイツ代表が、核武装反対で西ヨーロッパだけを非難すると、大会に不満を抱いて脱退するなど思わぬシコリを残した。こうした中で迎えた1959年8月6日、新たに187名の死亡者を加えた原爆慰霊碑の前に、2人の遺児が花輪を捧げ、悲しみも新たに3万人の参加者は深く頭を垂れて犠牲者の冥福を祈った。この時、頭上を旋回する飛行機から、またも心ない右翼の宣伝ビラ「ニセの大会にだまされるな」が撒き散らされた。しかし広場にはこの雑音もよそに、深い悲しみと平和への祈りが静かに流れていた。右翼の連中もさすがに気がとがめるのか、警官に後を付けられながら神妙に黙祷を捧げた。こうして色々と波紋を投げた原水爆禁止世界大会も、1959年8月7日、安井理事長が読み上げるヒロシマアピールを最後にその幕を閉じたが、年毎に派手になって来た世界大会の陰には、被爆者の切々たる訴えも聞かれる。そして8月9日、原爆第2号の地長崎でも平和への祈りが捧げられた。これが14年目を迎えた広島と長崎の原爆記念日の表情であった。


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