富士山の夜明け、雲海の中から１９５８年の初日が昇る。新潟県の赤倉スキー場では、女スキーヤーたちが新雪を踏んで新春を迎えた。賑やかな初滑りだ。江戸の名ごりを伝える“お神楽一家”東京の真田さん親子７人にとっては、休む暇のない正月である。熊本県玉東村昭和児童園では、子供消防団の出初式、マトイを先頭に出動する。火消しも一人前、かわいい看護婦さんも加わって、一生懸命であった。１９５８年は犬年、東京池上の北村さんの家では、生まれたばかりの９匹の仔犬が愛嬌を振りまいている。こうして１９５８年もめでたく明けた。

夜明けと共に、凍りつくような東京湾では、今日も忙しい海苔の採取が始まっている。１９５８年は海苔の当り年で、一冬の稼ぎ高は、一戸当りおよそ５０万円という嬉しい豊作景気である。しかし、この海苔場も、大都会の拡張の犠牲となって、埋め立てられて行くのにたまりかねた千葉県長浦の漁民たちは、４００艘の船を連ねて海上デモを行った。憎い干拓工事の役人に仕立てた藁人形をめがけて水鉄砲の集中攻撃、とんだ源平合戦の一日であった。

昔も今も変わらぬものは文士さんの芝居熱。１９５８年も市川猿之助（２世：猿翁）さんの指導の下に、顔見世文士歌舞伎の舞台稽古が始まった。久保田万太郎さんも入れ歯がはずれるほどの大熱演。「源氏店」（「与話情浮名横櫛」の一場面）では、川口松太郎与三郎と舟橋聖一お富さんが、息の合った名コンビぶりを見せている。こうしていよいよ公演の日。舞台では石原慎太郎さんの助六に、三島由紀夫さんの髭の意休という当代随一の顔合せで「助六由縁江戸桜」吉例文士歌舞伎の一コマである。

１９５８年８月３０日、私たち集団就職した少年少女の激励会が開かれた。朝早くから行商に出る豆腐屋の健ちゃん。配達に忙しい米屋の精ちゃん。肉屋で働く隣村の民ちゃん。夜遅くまで熱い釜に取り組むパン屋の哲ちゃん。みんなこの１年頑張ってどうやら仕事も板について来た。夜は青年学級でそろばんの稽古。むずかしくてなかなか苦労をする。楽しみは近頃実現した月に一度の休店日。女は日帰りのバス旅行へ、男は野球の対抗試合へ。みんな休みだから気兼ねなく遊べる。社会に出て懸命に働く私たちに、こうして少しずつ明るい生活が約束されようとしている。

北アルプスの剣岳（剱岳）を目指して、雪渓を登っていく法政大学山岳部の一行２４人。ザイルワークも慎重に岩場に挑み、吹き捲る風と闘いながら山頂を目指すクライマーたち。高度の技術を要するチムニー（岸壁に縦に走っている、身体が入る程度の割れ目）も征服し、努力とチームワークで極めた山頂からの眺めはまたひとしお。夏山は若人にとって忘れることのできない醍醐味である。

「世界一うるさい都」といわれる東京。交通機関による騒音は、都会に住む人たちの神経をいらだたせている。特にひどいのが自動車の警笛。騒音は我々の肉体にどんな影響があるか、ウサギで実験してみると、呼吸数は倍増し、血圧がぐんと高くなる。人体の場合も同じことがいえる。こうした音の暴力を追放するため、警視庁では１９５８年５月１０日から本格的に取締りを始めた。オートバイの排気音の取締まり。また、交通事故の発生は警笛に頼って運転する車が多いためとあって、みだりに警笛を鳴らす車には、白バイが出動、指導を行っているが、クセはなかなか直らないようだ。この都会が音の洪水から解放されるのは、果たしていつのことであろう。

水戸の東武館道場では赤胴鈴之助を夢みる豆剣士たちが、竹刀に振り回されながら稽古に励んでいる。東京の道場ではお嬢さんもまじって空手の稽古。大阪では元軍人の面々が、木銃構えて意気盛んなところを見せている。あの頃を思い出させる銃剣術も、いつの間にか息を吹き返して来たようである。

１９５８年も豊年、秋祭りで賑わう新潟県の小千谷町。佐渡おけさや仮装行列が雪国らしい雁木の通りを囃していく。祭りの本命は、この土地一帯（古志郡）の山里に古くから伝わる豪壮な牛角力。威勢のいい牛とり若衆に囲まれて、２００貫（７５０ｋｇ）もの猛牛が角を突き合わせて技を競い、負けた牛は観客席に逃げ込んでスリル満点。勝った牛にはお酒を振る舞って勝利を祝う。結びの一番は東西横綱の対決、角を合せて双方慎重な仕切りとなる。