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テレビ番組

土曜ドラマ 芙蓉の人 ~富士山頂の妻~〔1〕 初恋の石

番組ID
212410
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放送日時
2014年07月26日(土)21:00~21:58
時間(分)
58
ジャンル
recent_actors
ドラマ
放送局
NHK
製作者
NHK
制作社
NHK、NHKエンタープライズ
出演者
スタッフ
原作:新田次郎、脚本:金子ありさ、音楽:服部隆之、主題歌:竹内まりや、時代考証:天野隆子、指導:若柳禄寿(所作)、指導:岩崎洋(登山)、ことば指導:山中一徳、ことば指導:中垣浩二、指導:小瀬千枝(編物)、制作統括:小松昌代、制作統括:内田ゆき、美術:稲葉寿一、技術:千葉茂、音響効果:太田岳二、撮影:菅信吉、照明:中山鎮雄、音声:高木陽、映像技術:佐々木盛俊、美術進行:大野輝雄、記録:村上律子、編集:高室麻子、VFX:関口寛子、演出:清水一彦
概要
日本の天気予報の未来のために、前人未到の真冬の富士山頂で命懸けの気象観測に挑んだ野中到・千代子夫妻の感動物語。原作:新田次郎。(2014年7月26日~9月6日放送、全6回)◆第1回「初恋の石」。明治28年(1895)、野中千代子(松下奈緒)は厳冬期の富士山登頂に挑む夫の到(佐藤隆太)の無事を祈っていた。到は冬の富士登山に成功した暁には、いよいよ山頂に気象観測所を建て、冬期気象観測のためにこもるつもりだ。当時、天気予報は下駄を飛ばした方がまだ当たると揶揄されていた。一方、到は高所から、すなわち富士山頂から気象観測をすることで天気予報は当たるようになると確信していた。しかし、国を動かすには誰かが富士山頂で気象観測を行い、その意義を実証しなければならなかった。富士山頂での気象観測に向けて信念に燃える到を、父母や弟らは一家をあげて支援する。しかし、妻の千代子は心配でたまらず、せめて夫をそばで支えたいと、思いきって同行を願い出る。◆解説副音声あり

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