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テレビ番組

独占密着2年!よみがえる東北の海 最新鋭ロボットが撮影した 深度500メートルの世界

番組ID
209266
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2015年03月01日(日)21:00~22:54
時間(分)
101
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー
放送局
ビーエス朝日(BS朝日)
製作者
ビーエス朝日(BS朝日)、テレビ朝日映像
制作社
ビーエス朝日(BS朝日)、テレビ朝日映像
出演者
ナレーション:余貴美子
スタッフ
構成:武田浩、撮影:曽根光、撮影:林雅彦、編集:永谷喜美雄、CG:小野修、MA:堀博勝、音響効果:田中政文、音響効果:大島亮、広報:田中久美香、広報:北川真紀、デスク:雛元泰子、デスク:大古知美和、制作進行:冨岡賢一、ディレクター:渡部露子、プロデューサー:柿崎拓哉、プロデューサー:岡崎利貞
概要
東日本大震災から4年。津波により全てを飲み込んだ海は今、どうなっているのか。最新鋭の水中ロボットが東北の深海に潜り、深度500メートルの世界を伝える。◆2013年2月、文部科学省の主導により、東北沖で一大国家プロジェクトが始動した。総力を挙げて挑むのは、深海ロボット調査の専門機関「ジャムステック(独立行政法人海洋研究開発機構)」。番組はこのプロジェクトに2年間にわたり密着した。小型ロボット「クラムボン」が開発され、さらに3000mまで潜航可能な大型ロボット「ハイパードルフィン」を駆使し、津波で大量に沖へ流れたガレキの行方、生態系への影響が徹底調査される。東北沖の深海でロボットがとらえたのは、衝撃の光景の数々。そして、ガレキの中に見た新たなる命…そこには東北の人々の生活を刻んだガレキとともに生き、命を紡ぐ、深海生物たちのドラマがあった。また、母なる東北の海を見つめ続けてきた水中写真家が、再びカメラを手にする。震災直後、彼は変わり果てた海の姿に呆然となった。しかし2015年1月、極寒の海中で目にしたのは生命の芽吹きであった。

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