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テレビ番組

母に抱かれて ~胎内被爆者の70年~

番組ID
208888
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放送日時
2015年08月06日(木)09:50~10:45
時間(分)
50
ジャンル
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ドキュメンタリー
放送局
テレビ新広島(TSS)
製作者
テレビ新広島(TSS)
制作社
テレビ新広島(TSS)、TSSプロダクション
出演者
ナレーター:斉藤とも子
スタッフ
構成:岩井田洋光、撮影:増田昌浩、編集:渡辺椋介、EED:須山葉子、MA:吉見美紀、美術:梅地香織、美術:金田綾香、広報:田中範子、ディレクター:武ゆかり、プロデューサー:大藤潔
概要
人類史上初の原爆投下から70年を迎えるヒロシマ。被爆者の高齢化は進み、被爆の惨状を伝えることのできる人は年々少なくなっている。そのことに危機感を覚え、2014年8月「一番若い被爆者」である胎内被爆者が全国組織を立ち上げた。胎内被爆者とは、母親のお腹の中で被爆した人たちのことをいう。彼らは被爆の実体験が無いため、これまで引け目を感じて表に出てこなかった人や、被爆者だという実感がなかった人もいれば、原爆により理不尽に人生を苦しめられてきた人、子や孫への放射線被害の影響を心配する人など、さまざまだ。被爆後の70年間を生き抜いてきた多くの胎内被爆者へのインタビュー取材を通して、原爆の恐ろしさを伝えるとともに、被爆体験の継承について考える。

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長崎原爆被爆者、谷口稜曄さんの「赤い背中」。谷ロさんは16歳の時に爆心地から1.8kmで被爆した。入院中の1年9カ月間うつ伏せで過ごし、胸は褥瘡で腐れ落ちた。終戦後、自殺も考えるほど差別に苦しんだ。しかし原爆の犠牲となった数多の人々の無念の声が死を思いとどまらせ、生きる道を選んだ。米国立公文書館には、被爆当時病院で背中の治療を受ける谷口さんの記録映像が残る。赤く焼け爛れた背中は被爆の実相を「生々しく」伝える。◆2015年4月、谷口さんはNY国連本部で開催されたNPT核拡散防止条約再検討会議に合わせ、病を押して「これが最後」との思いで渡米、現地のNGO集会で核廃絶を訴えた。NY市立大学での被爆体験講話では、現地学生から「原爆を落としたアメリカに賠償を求める考えはないのか」と訊かれ、谷口さんは「米国に謝罪や賠償を求める考えはない。むしろ戦争を起こした日本政府に償いを求める。私は核兵器を無くすために米国に来た」と答え、喝来を浴びた。◆戦後70年、被爆地・長崎の象徴といわれる被爆者は、恩讐を越え「核なき世界」を強く訴えかける。番組では、その思いを次代につなぐ被爆3世の女子高校生の国連欧州本部訪問に同行。谷ロさんの帰国後の被爆体験講話等も継続取材した。そして「戦争の真実」「核兵器をめぐる日米の意識の違い」「原爆開発・投下に至った経緯」「高齢化する被爆者の現状」も踏まえ、核抑止力に代わる「未来の抑止力」の可能性に迫る。


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