テレビ・ラジオで放送された番組・CM4万本以上を視聴できるほか、展示やイベントを通じて放送の今と昔を学べます。 入館無料

tv
テレビ番組

孤高の頂 北アルプス 槍ヶ岳

番組ID
208374
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2013年09月11日(水)20:00~20:55
時間(分)
46
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー
放送局
信越放送(SBC)
製作者
信越放送(SBC)
制作社
信越放送(SBC)、コンテンツビジョン
出演者
市毛良枝、ナレーション:佐々木蔵之介
スタッフ
題字:川村龍洲、撮影:丸山清寿、撮影:熊谷友幸、音声:中村豊、編集:和田秀一、MA:田口雅敏、CG:竹内あずさ、ディレクター:笠井直美、プロデューサー:堀内宏
概要
女優の市毛良枝さんが北アルプス表銀座の縦走路を3泊4日で歩く山歩き旅。20数年前の初登山で「槍ヶ岳の姿に励まされた」という市毛さんが、信州・安曇野の中房温泉の登山口から、燕岳、大天井岳、西岳、東鎌尾根を経て、槍ヶ岳(標高3180m)登頂を目指す。山小屋の主人たちと語り合い、山に出会った人生を振り返り、槍ヶ岳山頂で見えたものとは…。信越放送テレビ放送開始55年記念。キッセイ薬品スペシャル。

同じ年代の公開番組

TSS報道特別番組 ヒバクシャと被曝者 繰り返される悲劇

原爆投下から68年目を迎えるヒロシマ。被爆による健康不安を抱える人々の支えになってきたのが、医療費などの支援を受けることができる被爆者としての証、「原爆手帳(被爆者健康手帳)」だ。◆その制度を見習った自治体がある。福島第一原発事故で全ての住民が避難を余儀なくされた福島県浪江町。全住民約2万1千人は、県内外でいまだ避難生活を続けている。町職員の紺野則夫さんは、町民の健康を守るための制度作りに奔走した。その努力が実り、浪江町の「放射線健康管理手帳」は2012年8月にスタート。国に医療費の無料化を訴えると同時に、被ばく線量や健診の結果などを記入し、健康の保証や賠償の根拠にするもので、各地で避難を続けている全町民に配布された。◆しかしかつてのヒロシマでは、原爆手帳の交付を拒否し続けた人が数多くいた。片山春子さんもその一人。若いころ「被爆は遺伝する」と言われ、結婚を何度も断られた。そのため、被爆者であることを隠して結婚。生まれたわが子の将来を思って原爆手帳の発行を拒み、夫が亡くなるまで被爆者であることを隠してきた。しかし「核の悲劇を繰り返してはならない」と、3年前から被爆の「語り部」としての活動を始めている。◆現在の浪江町。住民はいまだ自分の家に戻る目途がたたず、建物は痛み、田畑は荒れ放題のまま。そして、避難生活を続ける人たちの現実。転校先の学校で同級生に「放射能がうつる」と言われた小学生の女子。被ばくの事実が娘の結婚や将来に影響することを心配する母親。「被災者は賠償金で遊んでいる」と思われたくないと、周囲を気にしながら生活を送る自営業の男性。かつてヒロシマの人たちが経験した、放射線の二次被害ともいえる“差別・偏見・中傷”が繰り返されていた。◆浪江町が始めた「放射線健康管理手帳」をめぐっては、国に求めている恒久的な医療費無料化の実現の道は見えず、周辺町村からは「被ばく者として差別されるかもしれない」と同調に消極的な声があがっている。この現状にもどかしさを抱える町職員の紺野さん。浪江町の人たちの苦しみや不安は外の人たちには気付かれず、あるいは忘れ去られようとしている。◆そして、国は“原発再稼働”に向け、確実に歩みを進めている。ヒロシマとフクシマ。この2つの「被ばく地」を通じ、“核”がもたらしたものについて、私たちが何を見つめ、何を伝えていかなければならないかを考える。


cinematic_blurドキュメンタリーondemand_video報道・時事tvテレビ番組
木曜ドラマ ドクターX 外科医・大門未知子(第2シリーズ)〔1〕

失敗しない女、フリーランス天才外科医・大門未知子の活躍を描く人気ドラマの第2弾。専門医のライセンスと叩き上げのスキルだけを武器に、未知子は新たな戦いに挑んでゆく。Doctor‐X。(第2シリーズ/2013年10月17日~12月19日放送、全9回)◆ope.1。北海道・旭川の競馬場。フリーランスの外科医・大門未知子(米倉涼子)が、医師紹介所を営む晶(岸部一徳)と共に一般席で競馬に興じていた頃、馬主席では、高級毛皮に身を包んだマダム(三田佳子)が、年下の美しい男(藤木直人)とシャンパンを飲みながら、優雅にレースを眺めていた。注目の大一番。進路妨害の末に転倒したマダムの馬は、脚を骨折して安楽死処分を宣告されてしまう。その場面に出くわした未知子は、「手術をしても100%失敗する」との獣医の言葉に闘志をたぎらせ、骨折した馬の手術を「私、失敗しないので。」と引き受ける。そして数週間後、帝都医科大学付属病院のカンファレンスでは、内科統括部長の特別患者で、名前を伏せての入院を希望している大腿骨肉腫患者の治療方針が話し合われていた。外科統括部長の蛭間(西田敏行)以下、外科の医師たちは大腿部切断がベストと判断するが、そこに「異議あり!」と異論を唱える声が響く。その声の主はなんと、未知子だった。


recent_actorsドラマtvテレビ番組
一輪車はとまらない! ―豊田一輪車クラブの1年―

青森県弘前市の豊田児童センター一輪車クラブは、世界大会で4回の団体優勝を果たした名門クラブ。1986年にこの児童センターを拠点にしてー輪車クラブを作ったのは、現在、館長を務める木村笑子さん。当時、この児童センターに赴任してきた木村先生は「親たちにもっと子供に目を向けて欲しい」と、児童が毎日のように乗っていた一輪車で演技することを始めた。◆社会性、コミュニケーション能力に自閉的特性が見られる発達障害を抱えている児童の一人は、一輪車と出会い、出来ることが増え、我慢することを覚え、次第に変わっていった。◆2年前に父親の転勤で青森市内に転校した中2の少女は、母親の車で1時間かけて練習に通う。ソロの大会で、まさかの落車により不本意な成績に終わってしまった彼女。年明けの全国大会のメンバーに選ばれ、個人ではない団体競技に挑む。そして力を合わせて演技を作り上げていく中で、彼女はある事に気づく。◆一輪車世界一を何人も輩出してきた北国の小さな児童センター。そこには、自分と向き合う子どもたちの汗と涙と成長があった。「実力を発揮する事に意味がある、順位じゃない」「心を人に届ける気持ちがないと、演技に心がこもらない」。番組では豊田一輪車クラブの1年を追う。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組
左ききになって ~夢はパラリンピック~

脳出血による右半身まひの障がいを抱える男性がパラリンピック出場を目指し、パラトライアスロンに挑み始めた1年を追うドキュメンタリー。◆山形県鶴岡市に住む菅原繁幸さん、39歳。5年前に脳出血で倒れ、一命はとりとめたものの、右半身まひの障がいを抱えることとなった。それまで大工の仕事をしていたが、復帰はかなわず、今は高齢者の介護福祉施設で働いている。脳出血で倒れるまでは、健康を気にしたことはなかったという菅原さん。まさか自分が障がいを持つことになるとは想像もしていなかった。精神的などん底を経験し、周りの目が気になって、外出はなるべく避けるようになっていた。◆しかし菅原さんは、リハビリを兼ねたジム通いは続けていた。そしてジムの知人の紹介で、障がい者のスポーツチームと出会う。チームでは指導員や作業療法士などが選手たちをサポートする。夢を大きく持とうと、パラリンピック出場を目指すことに。競技は、2016年のリオ・パラ五輪から正式採用される、パラトライアスロンだ。◆菅原さんはトライアスロンの経験が無い。泳ぐことすらままならない素人。手探り状態の中、ゼロからのスタートとなった。しかし周りの後押しやレース後の達成感などから、菅原さんはすぐにその魅力に引き込まれ、自分が変わっていく喜びを感じていく。右半身まひの菅原さんの口癖は「左利きになって5歳。まだまだお子さまですよ」。番組では、生まれ変わった自分で前を向いて歩き続ける菅原さんの姿を描く。


cinematic_blurドキュメンタリーdirections_bikeスポーツtvテレビ番組

Copyright Broadcast Programming Center of Japan.