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テレビ番組

最奥のむらを守る

番組ID
207437
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放送日時
2012年05月26日(土)09:55~10:50
時間(分)
48
ジャンル
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ドキュメンタリー
放送局
石川テレビ放送(ITC)
製作者
石川テレビ放送(ITC)
制作社
石川テレビ放送(ITC)
出演者
ナレーター:遠山誠
スタッフ
撮影:木本俊也、撮影:中岡克也、タイトル:高倉園美、音響効果:大川育三、編集:斉藤淳一、ディレクター:今井一秀
概要
石川県加賀市山中温泉大土町は、福井県境に近い山奥の集落。屋根に赤瓦をふき、囲炉裏からのけむりを逃す独特の煙出しを設けた10軒の農家が残るが、過疎が進み、通いの住民しかいない。◆この地に生まれ育った二枚田昇さんは、2枚の田んぼから始めて、10年がかりで25枚の棚田を復活させた。手植え、手刈りの米づくり、父親の時代と同じ造りのかまを使った炭焼き、代々受け継いできた種で育てる太キュウリの栽培など、昔ながらの営みを大切にしている。冬場も、カンジキをはいて1時間半の山道を登り、頼まれもしないのに他人の家まで屋根雪を下ろす。◆一方、大土町から峠を越えた杉水町も通いの住民だけ。ここで集落の再生をめざす霜下照夫さんは、生家を活用して週末だけ蕎麦屋を開いている。さらに、人を呼び込もうと、水田復元や土蔵を改修した宿泊ロッジの開設などを試みる。◆番組は、いったん町へ下りながら再び山里に戻り、住民ゼロからのふるさと再生という難題に立ち向かう人たちの1年を追う。

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福島県南相馬市の産婦人科医・高橋亨平さん73歳。周りの人たちは尊敬と親しみを込めて「センセイ」と呼ぶ。東日本大震災・原発事故後、市内のほとんどの病院が閉鎖する中、センセイは南相馬に残って診察を続けた。他の病院が閉まっている上に、震災による体調不良やストレスで患者は増加。内科や成人病、精神科まで、センセイは自分を頼って訪れる患者たちを診てきた。◆しかし妊婦の数は激変。放射能を恐れ、ほとんどの妊婦が南相馬市を離れた。月に20件以上あったお産は、月1件のペースに落ちた。「子供の生まれない街に未来はない」そう話すセンセイは、行政に先駆けて妊婦の家の除染に乗り出した。必要な道具を自費で購入し、同じ志を持つ仲間とともに除染を続けた。「行動することが一番大事」とセンセイは言う。◆南相馬市の復興を目指すセンセイに更なる試練が襲い掛かる。ガンがセンセイの体をむしばんでいた。主治医からレントゲン写真を見せられたセンセイは、余命半年と自らを診断した。放射能にガン。闘う相手は増えるばかりだが、センセイは歩みを止めない。抗がん剤を打ちながら診察と除染を続ける。(「いつ死んでも悔いが残らないように、一日一日を精一杯生きる」そう言い続けたセンセイは、2013年1月22日に天国へ旅立った。)


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